今の赤井川村
北海道南西部、後志総合振興局の余市郡にある村です。小樽市の南西に位置し、北西部にきれいな円を描く赤井川カルデラがあり、村の中心と農地はこのカルデラ盆地に広がっています。面積の大部分は山地の森林で、積雪の多い豪雪地帯です。農業が主産業で、米、じゃがいも、かぼちゃ、とうもろこし、メロン、スイカなどが作られます。余市岳のふもとにはスキー場を中心にしたキロロリゾートがあり、「日本で最も美しい村」連合の一つです。
今の赤井川村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,165人です。今の区域で数えた1980年の1,485人とくらべると21.5%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は31.0%です。
主な産業:米・じゃがいも・かぼちゃなどの農業が主産業で、キロロリゾートの観光もあります。
特産品・名産
- じゃがいも村で作られる農産物
- かぼちゃ村で作られる農産物
- とうもろこし村で作られる農産物
見どころ・祭り
- キロロリゾート余市岳のふもとのスキー場を中心にした保養地
- 赤井川カルデラ円形のカルデラ地形
- カルデラの味覚まつり村のイベント
- メープル街道393もみじ祭村のイベント
木シラカバ花ムラサキヤシオ赤井川村の木・花
赤井川村のなりたち
赤井川村(あかいがわむら)は、北海道後志地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに赤井川村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は余市郡に属していました。
「赤井川村」という名前
「赤井川」は、アイヌ語の「フレ・ペッ」(赤い川)を意訳した名とされています。村名の由来には諸説があります。1899年(明治32年)に今の仁木町にあった仁木村外2村の戸長役場から分かれて赤井川村戸長役場が置かれ、1906年(明治39年)4月の二級町村制の施行で赤井川村となりました。
まちの成り立ち
赤井川は、1882年(明治15年)に山口県萩出身の粟屋貞一と井関百合蔵が調査をして、農耕に適した土地と認められました。1894年(明治27年)には余市町の林町左衛門ら28名の組合が200万坪の貸付を受け、同年の7月から9月にかけて78戸が移住して開拓にあたりました。翌1895年に1100万坪あまりの土地が解除され、団体や個人に貸し付けられます。1897年(明治30年)には戸数が300戸に達しました。1899年(明治32年)に仁木村外2村の戸長役場から分けられ、赤井川村戸長役場が置かれました。1906年(明治39年)4月1日、二級町村制を施行して赤井川村になりました。それ以来、赤井川村は一つの村のまま続いています。1906年に村が成立したとき、小樽支庁から後志支庁に所属が変わっています。村は北西部の円形のカルデラ盆地に中心と農地があり、農業を主産業としています。余市岳のふもとにはキロロリゾートがあります。
年表
- 1899年6月明治32年余市郡の仁木村外2村戸長役場から分かれて、赤井川村戸長役場が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1906年4月1日明治39年赤井川村に二級町村制が施行され、同時に小樽支庁から後志支庁の管轄に移った。種類:町村制 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。