今の余市町
北海道南西部、積丹半島の付け根に近い日本海側の町です。余市川の下流に平らな土地が開け、小樽市から車で約30分の位置にあります。基幹産業は農業で、リンゴ、ナシ、ブドウ、サクランボなどの果樹園があり、観光農園も見られます。ブドウ畑ではワイン醸造用のぶどうが育てられ、町は「北のフルーツ王国よいちワイン特区」に認定されています。漁業は余市港と四つの漁港を拠点に営まれ、水産加工や酒造などの製造業もあります。
今の余市町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,000人です。今の区域で数えた1980年の26,632人とくらべると32.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.5%です。
主な産業:リンゴなどの果樹栽培を中心とする農業と漁業、食料品の製造業が営まれています。
特産品・名産
- リンゴ国内初とされるリンゴ「緋の衣」の栽培地
- ワイン北のフルーツ王国よいちワイン特区
- 余市蒸溜所のウイスキーニッカウヰスキーが製造
見どころ・祭り
- 旧下ヨイチ運上家現存する唯一の運上家を復元。国の史跡
- 旧余市福原漁場ニシン漁場の施設を復元
- ソーラン節発祥之地碑豊浜町にある碑
- フゴッペ洞窟国の史跡の洞窟遺跡
- 余市宇宙記念館2010年に再オープンした宇宙の記念館
木リンゴ花リンゴの花鳥カモメ余市町の木・花・鳥
余市町のなりたち
余市町(よいちちょう)は、北海道後志地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに余市町として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は余市郡に属していました。
「余市町」という名前
「余市」は、アイヌ語の「ユーチ」(蛇のいるところ)が変わった名とされています。もとは余市川の流域一帯を指した呼び名でした。余市の地名は、江戸時代にニシン漁で栄えた「ヨイチ場所」にも使われました。1900年(明治33年)に一級町村制を施行したときに、町名を余市町としています。
まちの成り立ち
余市では、江戸時代にニシン漁が栄え、「ヨイチ場所」の運上家が置かれていました。1869年(明治2年)に開拓使の直轄区域となり、仮役所が置かれます。1871年(明治4年)に会津藩士が団体で移住して山田村と黒川村を開き、農業を始めました。これが余市の農業の先駆けです。会津藩士の入植地では、のちに国内で初めてとされるリンゴ「緋の衣」の栽培に成功しています。1872年(明治5年)に戸長役場が置かれ、1879年に小樽外3郡役所の所管となりました。1884年(明治17年)には仁木外2村戸長役場が分離しています。1900年(明治33年)7月1日に一級町村制を施行し、町名を余市町としました。1925年(大正14年)4月には大江村と境界が改められ、山道村の一部が余市町に編入されました。ニシン漁の際に唄われた民謡ソーラン節の発祥の地とされ、豊浜町に碑があります。今はリンゴやブドウなどの果樹栽培と漁業、ウイスキーなどの食品工業が営まれます。
年表
- 1872年余市に戸長役場が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1884年仁木外2村戸長役場が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1900年7月1日明治33年余市郡の余市町に一級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1925年4月大正14年大江村との境界変更で、大字山道村の一部が余市町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。