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安芸太田町あきおおたちょう

1920年には6の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の安芸太田町になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の安芸太田町

広島県の北西部にある山県郡の町で、島根県の益田市に接します。町内を太田川が流れ、恐羅漢山や深入山などの山があり、深山峡、滝山峡、三段峡などの渓谷が続く自然豊かな町です。町の大部分を森林が占め、森林セラピー基地に認定されています。農業と林業、観光が営まれ、祇園坊柿や太田カブ菜などの特産品があります。

今の安芸太田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,740人です。今の区域で数えた1980年の12,784人とくらべると55.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は52.1%です。

5,740人人口(2020年)
−55.1%1980年からの増減
341.89km²面積(国土地理院)
17人/km²人口密度
52.1%65歳以上の割合
12,7841980199020052020
15歳未満 8.1%15〜64歳 39.8%65歳以上 52.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業・林業と、渓谷や温泉、スキー場を生かした観光が営まれています。

特産品・名産

  • 祇園坊柿町の特産品に挙げられる柿
  • 太田カブ菜町の特産品に挙げられる野菜
  • アマゴ太田川の魚。アマゴ釣り大会が開かれる

見どころ・祭り

  • 三段峡柴木川沿いに続く峡谷。国の特別名勝
  • 恐羅漢山県内で最も高い山で、スキー場がある
  • 深入山山焼きまつりが行われる山
  • 井仁の棚田山あいに広がる棚田

木もみじ花やまゆり(ササユリ)安芸太田町の木・花

安芸太田町のなりたち

安芸太田町(あきおおたちょう)は、広島県安芸の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。殿賀村・上殿村・安野村・戸河内村・加計町・筒賀村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の安芸太田町になりました。

今の名前「安芸太田町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の戸河内村が約184km²だったのに対し、今の安芸太田町は約336km²と、およそ1.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は山県郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧殿賀村の区域には殿賀駅(可部線)があります。旧上殿村の区域には上殿駅(可部線)があります。旧安野村の区域には安野駅(可部線)があります。旧戸河内村の区域には戸河内駅(可部線)があります。旧加計町の区域には加計駅(可部線)があります。

61920年の町村の数
4回合併・編入の回数
342km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「安芸太田町」という名前

安芸太田町の名がどのように決められたのかは、はっきりしていません。町の中を太田川が流れ、鎌倉時代の終わりごろには加計のあたりが太田郷と呼ばれていたといわれます。町は2004年(平成16年)10月1日に、山県郡の加計町・戸河内町・筒賀村が合わさって生まれました。

まちの成り立ち

江戸時代、この地域は福島氏ののち浅野氏の広島藩の領地でした。旧加計町の区域は、もと佐伯郡に属した穴村と、坪野・津浪・加計・下筒賀・下殿河内の村々に分かれていました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、津浪村と加計村が合わさって加計村、穴村と坪野村が合わさって安野村、下筒賀村と下殿河内村が合わさって殿賀村となり、ほかに上殿村・筒賀村・戸河内村が生まれました。加計村は1898年(明治31年)に町制を施行し、戸河内村は1933年(昭和8年)8月1日に町になりました。戦後の1954年(昭和29年)8月1日に加計町と殿賀村が合わさって新しい加計町が、1956年(昭和31年)9月1日に戸河内町と上殿村が合わさって新しい戸河内町が、9月30日には加計町と安野村が合わさってまた新しい加計町が生まれています。2004年(平成16年)10月1日、加計町・戸河内町・筒賀村が合わさって安芸太田町が生まれました。町内には恐羅漢山や深入山などの山があり、森林セラピー基地にも認定されています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、山県郡に加計村・殿賀村・上殿村・筒賀村・戸河内村・安野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1898年2月10日明治31年山県郡加計村が町制を施行して加計町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1933年8月1日昭和8年山県郡戸河内村が町制を施行して戸河内町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1954年8月1日昭和29年山県郡の加計町と殿賀村が合併し、改めて加計町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1956年9月1日昭和31年山県郡の戸河内町と上殿村が合併し、改めて戸河内町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1956年9月30日昭和31年山県郡の加計町と安野村が合併し、改めて加計町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 2004年10月1日平成16年山県郡の加計町・筒賀村・戸河内町が合併して安芸太田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

安芸太田町2004〜今
戸河内村→戸河内町1889〜2004同じ名前の駅:戸河内駅
上殿村1889〜1956同じ名前の駅:上殿駅
加計町1898〜2004同じ名前の駅:加計駅
安野村1889〜1956同じ名前の駅:安野駅
殿賀村1889〜1954同じ名前の駅:殿賀駅
筒賀村1889〜2004同じ名前の駅:筒賀駅

参考にした資料