今の内子町
愛媛県のほぼ中央、南予の北端にある町です。面積の約8割を山林が占め、小田川に沿って平地が開けています。上流には谷あいの集落が点在します。江戸から明治にかけて、和紙と木蝋の生産で栄えました。当時の商家が並ぶ八日市・護国の町並みが今も残り、観光の中心になっています。果樹栽培も盛んで、棚田や屋根付き橋などの里山の風景も見られます。
今の内子町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,322人です。今の区域で数えた1980年の25,336人とくらべると39.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.9%です。
主な産業:柿・ぶどう・梨などの果樹と林業の農林業が中心で、町並みを生かした観光も営まれます。
特産品・名産
- 和ろうそく木蝋で栄えた内子の伝統の品
- ぶどう観光農園でも育てられる果物
- 柿町の名物・特産品に挙げられる果物
見どころ・祭り
- 八日市・護国の町並み国の重要伝統的建造物群保存地区
- 内子座芝居小屋。国の重要文化財
- 木蝋資料館上芳我邸木蝋で栄えた商家。国の重要文化財
- 田丸橋屋根付きの橋
内子町のなりたち
内子町(うちこちょう)は、愛媛県南予の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、13の町村がありました。村前村・石山村・天神村・御祓村・満穂村・大瀬村・立川村・五城村・田渡村・小田町村・参川村・五十崎村・内子町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の内子町になりました。
今の名前「内子町」は、1920年にあった内子町の名前を受け継いでいます。ほかの12の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は上浮穴郡・喜多郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧五十崎村の区域には五十崎駅(内子線)があります。
「内子町」という名前
「内子」という地名の由来は、はっきりしていません。江戸時代の内子は大洲藩と新谷藩に属し、のちに木蝋や和紙の産地として名を高めました。2005年(平成17年)の合併のあとも、中心の町の名がそのまま町の名になりました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)12月15日の町村制で、喜多郡に内子町や大瀬村・五城村・五十崎村などが、上浮穴郡に小田町村・参川村・田渡村などが発足しました。江戸時代から明治時代にかけて、内子は和紙と木蝋の産地として栄えた土地です。五十崎村は1920年(大正9年)5月21日に町制を施行し、1929年(昭和4年)には村前村が分かれて周りの3村に編入されました。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)9月1日に五十崎町・天神村・御祓村が合わさって改めて五十崎町が、1955年1月1日に内子町・大瀬村・五城村・立川村・満穂村が合わさって改めて内子町が発足しました。上浮穴郡では、1955年3月31日に田渡村・小田町村・参川村が合わさって小田町ができています。2005年(平成17年)1月1日、内子町・五十崎町・小田町の3町が新設合併し、新しい内子町が発足しました。町域は愛媛県のほぼ中央にあり、小田川に沿って平地が開け、山林が町の面積の8割近くを占めます。江戸後期から明治の商家が並ぶ八日市・護国の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれ、今は町づくりの核になっています。
年表
- 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、喜多郡に内子町・大瀬村・五城村・立川村・満穂村・村前村・五十崎村・天神村・御祓村が、上浮穴郡に小田町村・石山村・参川村・田渡村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1908年9月30日明治41年伊予郡下灘村の一部(石畳)が喜多郡満穂村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1920年5月21日大正9年喜多郡五十崎村が町制を施行して五十崎町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1929年12月26日昭和4年喜多郡村前村が分かれ、天神村・大瀬村・五城村にそれぞれ編入された。種類:分割 出典:www.pref.ehime.jp
- 1943年4月1日昭和18年上浮穴郡の小田町村と石山村が合併し、改めて小田町村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年9月1日昭和29年喜多郡の五十崎町・天神村・御祓村が合併し、改めて五十崎町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年1月1日昭和30年喜多郡の内子町・大瀬村・五城村・立川村・満穂村が合併し、改めて内子町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年3月31日昭和30年上浮穴郡の参川村・小田町村・田渡村が合併して小田町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 2005年1月1日平成17年喜多郡の内子町・五十崎町と上浮穴郡小田町が合併し、改めて内子町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。