今の西条市
愛媛県東部、南に西日本最高峰の石鎚山、北に瀬戸内海を望む市です。山地から平野にかけて加茂川などの川が流れます。平野部の各地では、地下水が自然に湧き出す「うちぬき」が見られます。江戸時代は西条藩と小松藩の陣屋町でした。今は農業が盛んで、臨海部には造船などの工場が並びます。秋には、だんじりなどが町を練り歩く西条まつりが開かれます。
今の西条市の区域の人口は、2020年の国勢調査で104,791人です。今の区域で数えた1980年の112,961人とくらべると7.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.1%です。
主な産業:はだか麦・あたご柿・春の七草などの農業と、造船や電気機械などの製造業が中心です。
特産品・名産
- はだか麦市の紹介で全国一の生産量とされる麦
- あたご柿市の紹介で全国一の生産量とされる柿
- 春の七草市の紹介で全国一の生産量とされる
見どころ・祭り
- 石鎚山西日本最高峰の山。市の象徴とされる
- 西条まつり秋にだんじり・みこし・太鼓台が練り歩く祭り
- 西山興隆寺紅葉の名所の寺
- 鉄道歴史パークinSAIJO四国で唯一の鉄道博物館
- 永納山城跡7世紀後半ごろに築かれた山城跡。国史跡
西条市のなりたち
西条市(さいじょうし)は、愛媛県東予の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、27の町村がありました。玉津村・神拝村・大町村・多賀村・橘村・氷見町・飯岡村・神戸村・千足山村・楠河村・庄内村・国安村・吉岡村・吉井村・周布村・徳田村・石根村・桜樹村・田野村・中川村・大保木村・加茂村・三芳村・壬生川町・丹原町・小松町・西条町です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の西条市になりました。
今の名前「西条市」は、1920年にあった西条町の名前を受け継いでいます。ほかの26の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は周桑郡・新居郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、周桑郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました。
「西条市」という名前
「西条」は、昔からこの地域の総称だった「西條」にあたります。条里制に由来する地名とされ、鎌倉時代の末ごろの文書には「新居西條庄」の名が見られます。1941年(昭和16年)に西條町・飯岡村・神戸村・橘村・氷見町が合わさって市になったとき、この総称がそのまま市名になりました。
まちの成り立ち
西条の地は、江戸時代に西条藩と小松藩の陣屋町として栄えました。1889年(明治22年)12月15日の町村制で、新居郡に西条町や周りの村々が、周敷郡と桑村郡(1897年から周桑郡)に小松村・壬生川村・福岡村などが生まれました。1925年(大正14年)2月11日、西条町が玉津村・大町村・神拝村と合わさって新しい西条町になります。1941年(昭和16年)4月29日には、西条町・飯岡村・神戸村・橘村・氷見町が合わさって市制を施行し、西条市となりました。1956年(昭和31年)9月28日には、山あいの加茂村と大保木村、新居浜市大生院の一部が西条市に編入されています。周桑郡では、福岡村が1913年(大正2年)に町制を施行して丹原町となり、1955年(昭和30年)から翌年にかけて徳田村・田野村・中川村と合わさりました。小松町も1955年4月25日に石根村・石鎚村と合わさって改めて発足しています。壬生川町と三芳町は1971年(昭和46年)1月1日に合わさって東予町となり、1972年10月1日に市制を施行して東予市になりました。2004年(平成16年)11月1日、西条市・東予市・丹原町・小松町の2市2町が新設合併し、新しい西条市が生まれました。
年表
- 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、新居郡に西条町・玉津村・大町村・神拝村・神戸村・橘村・氷見村・飯岡村・加茂村・大保木村が、周敷郡と桑村郡に福岡村・田野村・中川村・桜樹村・千足山村・石根村・小松村・吉井村・周布村・多賀村・壬生川村・国安村・三芳村・楠河村・庄内村・吉岡村・徳田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年郡制の施行により周敷郡と桑村郡が合わさって周桑郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1898年11月22日明治31年周桑郡小松村が町制を施行して小松町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1901年6月14日明治34年周桑郡壬生川村が町制を施行して壬生川町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1908年1月1日明治41年新居郡氷見村が町制を施行して氷見町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1913年12月13日大正2年周桑郡福岡村が町制を施行し、丹原町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1925年2月11日大正14年新居郡の西条町・玉津村・大町村・神拝村が合併し、改めて西条町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1940年10月1日昭和15年周桑郡の壬生川町と多賀村が合併し、改めて壬生川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1941年4月29日昭和16年新居郡の西条町・飯岡村・神戸村・橘村・氷見町が合併し、市制を施行して西条市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1951年8月10日昭和26年周桑郡千足山村が石鎚村と改称した。種類:改称 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年1月1日昭和30年周桑郡の壬生川町・吉井村・周布村・国安村・吉岡村が合併して改めて壬生川町が発足し、三芳村・楠河村・庄内村が合併して三芳町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年4月25日昭和30年周桑郡の丹原町と徳田村が合併して改めて丹原町が発足し、小松町・石根村・石鎚村が合併して改めて小松町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年7月20日昭和30年周桑郡の中川村と桜樹村が合併し、改めて中川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1956年9月1日昭和31年周桑郡の丹原町・田野村と中川村(大字滑川、大字明河のうち字九騎・字海上を除く)が合併し、改めて丹原町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1956年9月1日昭和31年周桑郡中川村のうち大字滑川と大字明河の字九騎・字海上が温泉郡川内村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1956年9月28日昭和31年新居郡の加茂村・大保木村と新居浜市大生院の一部が西条市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1956年9月30日昭和31年周桑郡丹原町の大字明河字塩獄の区域が温泉郡川内町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1971年1月1日昭和46年周桑郡の壬生川町と三芳町が合併して東予町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1972年10月1日昭和47年東予町が市制を施行して東予市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 2004年11月1日平成16年西条市・東予市と周桑郡の小松町・丹原町が合併し、改めて西条市が発足した。周桑郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。