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伊予市いよし

1920年には8の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の伊予市になりました。

8町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の伊予市

愛媛県の中予地方の西端にあり、伊予灘に面した市です。海沿いには予讃線が通り、海岸線の景色が観光資源になっています。内陸には谷上山などの山が連なり、大谷川や中山川が流れます。郡中港を中心にした港町として栄え、古い商家の建物が今も残ります。松山市に近いベッドタウンとしての顔もあり、削り節の工場が立地しています。

今の伊予市の区域の人口は、2020年の国勢調査で35,133人です。今の区域で数えた1980年の42,842人とくらべると18.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.3%です。

35,133人人口(2020年)
−18.0%1980年からの増減
194.43km²面積(国土地理院)
181人/km²人口密度
34.3%65歳以上の割合
42,8421980199020052020
15歳未満 12.3%15〜64歳 53.5%65歳以上 34.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:削り節などの水産加工食品の製造と、米・野菜・栗などの農業が中心です。

特産品・名産

  • 花かつお(削り節)全国に知られる市の特産品
  • 中山栗中山地域の栗。秋に栗まつりが開かれる
  • 唐川びわ市の特産品に挙げられるびわ

見どころ・祭り

  • 五色姫海浜公園五色姫伝説の伝わる五色浜の公園
  • 下灘駅伊予灘に近いJR予讃線の駅
  • 郡中の町並み港町として栄えた郡中の町並み
  • 翠小学校の木造校舎市の観光資源に挙げられる木造校舎

木メタセコイア花菜の花伊予市の木・花

伊予市のなりたち

伊予市(いよし)は、愛媛県中予の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。南伊予村・郡中村・北山崎村・南山崎村・佐礼谷村・上灘村・下灘村・中山村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の伊予市になりました。

今の名前「伊予市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の中山村が約45km²だったのに対し、今の伊予市は約189km²と、およそ4.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は伊予郡に属していました。

81920年の町村の数
6回合併・編入の回数
194km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「伊予市」という名前

「伊予」の名は、伊予国と伊予郡に由来します。2005年(平成17年)に伊予市・中山町・双海町が合併したとき、市の名を公募し、「伊予市(いよし)」と決まりました。市の中心部は、古くから郡中と呼ばれてきた港町です。

まちの成り立ち

江戸時代の郡中地方は、大洲藩の領地でした。郡中港は物資の積出港として栄えます。1889年(明治22年)12月15日の町村制で、伊予郡に郡中町・郡中村・南山崎村・北山崎村・南伊予村が、のちに伊予郡に入る下浮穴郡に中山村・佐礼谷村・上灘村・下灘村などが生まれました。1921年(大正10年)に上灘村、1925年に中山村が町制を施行しました。1940年(昭和15年)1月1日には郡中町と郡中村が合わさって、新しい郡中町となっています。1955年(昭和30年)1月1日、郡中町・北山崎村・南伊予村・南山崎村が合わさり、新設合併で伊予市が発足しました。同じ1955年に、佐礼谷村を加えた中山町と、上灘町・下灘村が合わさった双海町も生まれています。1958年には、中山町の平岡が伊予市に編入されました。2005年(平成17年)4月1日、伊予市・中山町・双海町が新設合併し、新しい伊予市が発足しました。伊予灘に面した海辺から、山あいの中山地域までが市域です。

年表

  1. 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、伊予郡に郡中町・郡中村・南山崎村・北山崎村・南伊予村が、下浮穴郡に中山村・出淵村・佐礼谷村・上灘村・下灘村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1897年4月1日明治30年郡制の施行により、下浮穴郡の中山村・出淵村・佐礼谷村・上灘村・下灘村は伊予郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1907年1月1日明治40年伊予郡の中山村と出淵村が合併し、改めて中山村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  4. 1908年9月30日明治41年伊予郡下灘村の大字石畳が喜多郡満穂村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
  5. 1921年9月3日大正10年伊予郡上灘村が町制を施行して上灘町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
  6. 1925年4月1日大正14年伊予郡中山村が町制を施行して中山町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
  7. 1925年4月1日大正14年伊予郡上灘町の一部が南山崎村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
  8. 1929年3月15日昭和4年伊予郡広田村の大字栗田が中山町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
  9. 1940年1月1日昭和15年伊予郡の郡中町と郡中村が合併し、改めて郡中町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  10. 1955年1月1日昭和30年伊予郡の郡中町・南山崎村・北山崎村・南伊予村が合併し、市制を施行して伊予市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  11. 1955年2月1日昭和30年伊予郡の中山町と佐礼谷村が合併し、改めて中山町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  12. 1955年3月31日昭和30年伊予郡の上灘町と下灘村が合併して双海町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  13. 1958年11月1日昭和33年伊予郡中山町の平岡が伊予市に、伊予市の鵜崎の一部が砥部町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
  14. 2005年4月1日平成17年伊予市と伊予郡の中山町・双海町が合併し、改めて伊予市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

伊予市1955〜今
中山村→中山町1889〜2005
佐礼谷村1889〜1955
双海町1955〜2005
上灘村→上灘町1889〜1955
下灘村1889〜1955
南伊予村1889〜1955
郡中村→郡中町1889〜1955
北山崎村1889〜1955
南山崎村1889〜1955

参考にした資料