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東温市とうおんし

1920年には7の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の東温市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の東温市

愛媛県の中予地方にあり、道後平野の扇頂部に広がる市です。愛媛県の市で唯一、海に面していません。市内を重信川とその支流が流れ、小さな扇状地ができています。南は皿ヶ嶺連峰で久万高原町に接し、棚田の風景も見られます。松山市と平野が続き、愛媛大学医学部と附属病院があります。農業や食品加工のほか、電気機械の工場もあります。

今の東温市の区域の人口は、2020年の国勢調査で33,903人です。今の区域で数えた1980年の29,276人とくらべると15.8%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.5%です。

33,903人人口(2020年)
+15.8%1980年からの増減
211.3km²面積(国土地理院)
160人/km²人口密度
30.5%65歳以上の割合
35,2781980199020052020
15歳未満 12.4%15〜64歳 57.1%65歳以上 30.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米・麦・野菜・花きなどの農業と、電気機械などの製造業が中心です。

特産品・名産

  • はだか麦市の特産品に挙げられる麦
  • どぶろく市内で造られるにごり酒
  • もち麦関連商品も作られる市の特産品

見どころ・祭り

  • 白猪の滝秋に滝まつりが開かれる名瀑
  • 三島神社本殿市内の名勝旧跡に挙げられる神社の本殿
  • 坊っちゃん劇場西日本で初めての常設劇場

木はなみずき花さくら東温市の木・花

東温市のなりたち

東温市(とうおんし)は、愛媛県中予の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。川上村・三内村・桜樹村・中川村・北吉井村・南吉井村・拝志村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の東温市になりました。

今の名前「東温市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の桜樹村が約88km²だったのに対し、今の東温市は約206km²と、およそ2.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は周桑郡・温泉郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、周桑郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました、温泉郡は2005年(平成17年)1月1日に廃止されました。

71920年の町村の数
4回合併・編入の回数
211km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「東温市」という名前

東温市の名は公募で決まりました。重信町と川内町の二つの町が温泉郡の東部にあり、古くから「東温地区」と呼ばれていたこと、「東温」を冠した公共施設があって住民に親しまれていたこと、由緒ある「温泉郡」の名の一部を含むこと、温暖で人情豊かなまちのイメージにふさわしいことから選ばれました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)12月15日の町村制で、今の市域に北吉井村・川上村・南吉井村・拝志村・三内村・桜樹村が生まれました。1897年(明治30年)の郡の再編で、桜樹村をのぞく5村が温泉郡に、桜樹村が周桑郡に入りました。1955年(昭和30年)4月25日に川上村と三内村が合わさって川内村になり、7月20日には桜樹村が周桑郡中川村と合わさりました。1956年(昭和31年)9月1日には、北吉井村・南吉井村・拝志村が合わさって重信町が生まれました。同じ日、川内村は中川村の滑川などの区域を編入して町制を施行し、川内町となります。9月30日には丹原町の明河の一部も川内町に加わりました。2004年(平成16年)9月21日、重信町と川内町が新設合併し、東温市が発足しました。市は道後平野の東の玄関口にあたり、重信川が流れています。1973年(昭和48年)には愛媛大学医学部が開設され、幼稚園から大学までの教育施設や、医療・福祉の施設が数多く整いました。西日本で初めての常設劇場である坊っちゃん劇場もあり、健康福祉と教育文化のまちとして歩んでいます。

年表

  1. 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、久米郡に北吉井村・川上村が、下浮穴郡に南吉井村・拝志村・三内村が、周敷郡に桜樹村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1897年4月1日明治30年郡制の施行により、北吉井村・川上村・南吉井村・拝志村・三内村は温泉郡に、桜樹村は周桑郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1955年4月25日昭和30年温泉郡の川上村と三内村が合併して川内村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  4. 1955年7月20日昭和30年周桑郡の中川村と桜樹村が合併し、改めて中川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  5. 1956年9月1日昭和31年温泉郡の北吉井村・南吉井村・拝志村が合併し、重信町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  6. 1956年9月1日昭和31年周桑郡中川村のうち大字滑川と大字明河の字九騎・字海上が温泉郡川内村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
  7. 1956年9月1日昭和31年温泉郡川内村が町制を施行して川内町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
  8. 1956年9月30日昭和31年周桑郡丹原町の大字明河字塩獄の区域が川内町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
  9. 2004年9月21日平成16年温泉郡の重信町と川内町が合併し、市制を施行して東温市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東温市2004〜今
川内村→川内町1955〜2004
中川村1889〜1956
桜樹村1889〜1955
川上村1889〜1955
三内村1889〜1955
重信町1956〜2004
北吉井村1889〜1956
南吉井村1889〜1956
拝志村1889〜1956

参考にした資料