今の久万高原町
愛媛県のほぼ中央にある、四国山地に囲まれた高原の町です。面積は県内の市町村で最大で、町域の大半が森林です。仁淀川の源流の面河川や久万川が流れ、標高の高い土地に人家や農地が点在します。夏も涼しい気候から「四国の軽井沢」と呼ばれ、面河渓や石鎚山、四国カルストなどの自然が親しまれています。四国八十八か所の札所もあります。
今の久万高原町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,404人です。今の区域で数えた1980年の16,225人とくらべると54.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は50.0%です。
主な産業:スギ・ヒノキなどの林業と、トマトやピーマンなどの高原野菜の農業が中心です。
特産品・名産
- 夏秋トマト・ピーマン夏の冷涼な気候で育つ野菜
- りんご町の名物・特産品に挙げられる果物
- 美川手延べそうめん美川地域の手延べそうめん
見どころ・祭り
- 面河渓石鎚山のふもとの渓谷
- 四国カルスト県立自然公園古岩屋・五段高原・大川嶺などがある
- 海岸山岩屋寺四国八十八箇所の45番札所
- 八釜の甌穴群国の特別天然記念物
木スギ花ササユリ久万高原町の木・花
久万高原町のなりたち
久万高原町(くまこうげんちょう)は、愛媛県中予の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。菅生村・明神村・中津村・仕七川村・弘形村・川瀬村・父二峰村・杣川村・久万町・柳谷村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の久万高原町になりました。
今の名前「久万高原町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの10の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の杣川村が約154km²だったのに対し、今の久万高原町は約567km²と、およそ3.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は上浮穴郡に属していました。
「久万高原町」という名前
この地域は古くから「久万郷」として栄え、農林産物にも「久万高原産」などの名が使われてきました。2004年(平成16年)の合併のとき、こうした歴史と自然、産業、そして「ひと」「里」「森」が調和するまちづくりをさわやかに表す名として、「久万高原町」と名づけられました。
まちの成り立ち
仁淀川上流の山あいでは、1889年(明治22年)12月15日の町村制で久万町村や多くの村が生まれました。久万町村は1901年(明治34年)に町制を施行して久万町となり、1924年(大正13年)2月11日に菅生村と合わさって改めて発足しました。1934年(昭和9年)には杣川村が面河村に改称しています。1943年(昭和18年)には浮穴村が分かれて喜多郡河辺村と東宇和郡惣川村に編入され、9月1日には明神村が合わさって久万町が再び発足しました。1955年(昭和30年)3月31日には仕七川村・弘形村と中津村の一部が合わさって美川村ができ、中津村の残りは柳谷村に編入されました。1959年(昭和34年)3月31日には川瀬村・父二峰村と美川村の一部が合わさり、久万町が改めて発足しました。2004年(平成16年)8月1日、久万町・面河村・美川村・柳谷村の1町3村が合併して、久万高原町が誕生しました。愛媛県のほぼ中央にあり、仁淀川の水源にあたる地域です。総面積は県内の市町村で最大です。標高300mから1,000mの地帯に人家や農地が点在し、森林が町域の大半を占めます。
年表
- 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、上浮穴郡に久万町村・菅生村・明神村・川瀬村・父二峰村・杣川村・仕七川村・弘形村・中津村・柳谷村・浮穴村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1901年8月20日明治34年上浮穴郡久万町村が町制を施行し、久万町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1924年2月11日大正13年上浮穴郡の久万町と菅生村が合併し、改めて久万町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1934年1月1日昭和9年上浮穴郡杣川村が面河村と改称した。種類:改称 出典:www.pref.ehime.jp
- 1943年4月1日昭和18年上浮穴郡浮穴村が分かれ、大字北平・川上は喜多郡河辺村に、大字小屋は東宇和郡惣川村に編入された。種類:分割 出典:www.pref.ehime.jp
- 1943年9月1日昭和18年上浮穴郡の久万町と明神村が合併し、改めて久万町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年3月31日昭和30年上浮穴郡の仕七川村・弘形村と中津村のうち大字黒藤川・沢渡が合併して美川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年3月31日昭和30年上浮穴郡中津村のうち大字中津が柳谷村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1959年3月31日昭和34年上浮穴郡の久万町・川瀬村・父二峰村と美川村大字七鳥の5番耕地が合併し、改めて久万町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 2004年8月1日平成16年上浮穴郡の久万町・面河村・美川村・柳谷村が合併して久万高原町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。