今の松山市
愛媛県の中央部、瀬戸内海に面した県庁所在地です。石手川などの川が流れる松山平野に市街地が広がり、中心にある城山に松山城が建っています。松平家の城下町で、古くから湯が知られる道後温泉があります。俳句や文学ゆかりの地としても知られます。沖合には興居島などの島があり、2005年からは北条地区や中島地区も市域に入りました。
今の松山市の区域の人口は、2020年の国勢調査で511,192人です。今の区域で数えた1980年の411,738人とくらべると24.2%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.6%です。
主な産業:商業・サービス業が中心で、化学や機械などの工業と、柑橘類の栽培も営まれています。
特産品・名産
- 鯛めし鯛を使った郷土のご飯料理
- タルトあんをカステラ生地で巻いた郷土菓子
- 紅まどんな松山で作られる柑橘
見どころ・祭り
- 松山城勝山の山頂に築かれた城。市名の由来とされる
- 道後温泉本館道後温泉の象徴の建物
- 道後温泉別館 飛鳥乃湯泉道後温泉の別館
- 萬翠荘城山のふもとに建つ洋館
花ヤブツバキ松山市の花
松山市のなりたち
松山市(まつやまし)は、愛媛県中予の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、40の町村がありました。道後村・古三津村・御幸村・朝美村・素鵞村・雄群村・新浜村・堀江村・和気村・潮見村・久枝村・三津浜町・味生村・桑原村・道後湯之町・生石村・垣生村・難波村・正岡村・興居島村・余土村・浅海村・立岩村・河野村・粟井村・湯山村・五明村・伊台村・久米村・荏原村・坂本村・神和村・浮穴村・睦野村・小野村・石井村・西中島村・北条町・東中島村・松山市です。これらの町村が、20回の合併や編入を経て、今の松山市になりました。
今の名前「松山市」は、1920年にあった松山市の名前を受け継いでいます。ほかの39の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は温泉郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、温泉郡は2005年(平成17年)1月1日に廃止されました。
「松山市」という名前
「松山」は、1603年(慶長8年)に加藤嘉明が築いた城地にちなむ名とされています。名がついた理由には2つの説があります。ひとつは、城のある山に松の木が多く植えられていたからとする説です。もうひとつは、徳川一族の松平家の「松」の字を取ったとする説です。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)12月15日の市制で松山市が発足しました。松山城の城下町を中心に、その後は周りの町村を次々と編入して広がります。1926年(大正15年)に御幸村・朝美村・素鵞村・雄郡村を編入し、1940年(昭和15年)には三津浜町・和気村・久枝村・堀江村・潮見村・味生村・桑原村を加えました。三津浜町は、それまでに古三津村と新浜村を編入していました。1944年には道後湯之町・生石村・垣生村を編入しています。戦後も1954年に興居島村と余土村、1955年に久米村・湯山村・伊台村・五明村、1959年に浮穴村、1961年に小野村、1962年に石井村、1968年に久谷村を編入しました。この間の1958年には、北条町が市制を施行して北条市となっています。中島町は、1952年に東中島村が町制を施行して生まれ、その後も神和村・睦野村・西中島村を加えました。2005年(平成17年)1月1日、北条市と中島町が松山市に編入され、温泉郡はなくなりました。県庁所在地として、周辺を取り込みながら広がってきたまちです。
年表
- 1889年12月15日明治22年市制の施行により、松山城下の大部分と周りの村の一部の区域で松山市が発足した。種類:市制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、のちに松山市に入る温泉郡・和気郡・久米郡・風早郡・伊予郡・下浮穴郡の各町村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年郡制の施行により、和気郡・久米郡・風早郡と伊予郡・下浮穴郡の一部が温泉郡に合わさり、三津浜町・北条村・浮穴村などが温泉郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1898年11月28日明治31年温泉郡北条村が町制を施行して北条町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1908年4月1日明治41年温泉郡の道後村・朝美村・雄郡村・素鵞村の各一部が松山市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1916年10月1日大正5年温泉郡立岩村の一部(萩原)が浅海村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1923年1月1日大正12年温泉郡道後村が分かれ、一部が松山市に、残りが道後湯之町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1925年5月10日大正14年温泉郡古三津村が三津浜町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1926年2月11日大正15年温泉郡の素鵞村・雄郡村・朝美村・御幸村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1932年2月1日昭和7年温泉郡道後湯之町の一部が松山市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1937年6月1日昭和12年温泉郡新浜村が三津浜町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1940年8月1日昭和15年温泉郡の三津浜町・味生村・久枝村・潮見村・桑原村・堀江村・和気村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1944年4月1日昭和19年温泉郡の道後湯之町・垣生村・生石村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1951年4月1日昭和26年温泉郡の北条町・難波村・正岡村が合併し、改めて北条町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1952年8月1日昭和27年温泉郡東中島村が町制を施行し、中島町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1954年2月1日昭和29年温泉郡興居島村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1954年10月1日昭和29年温泉郡余土村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年3月31日昭和30年温泉郡の北条町・浅海村・立岩村・河野村・粟井村が合併し、改めて北条町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年5月1日昭和30年温泉郡の湯山村・伊台村・五明村・久米村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1956年9月30日昭和31年温泉郡の荏原村と坂本村が合併して久谷村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1958年11月1日昭和33年温泉郡北条町が市制を施行して北条市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1959年3月31日昭和34年温泉郡の中島町と神和村が合併し、改めて中島町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1959年4月10日昭和34年温泉郡浮穴村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1960年3月31日昭和35年温泉郡睦野村が中島町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1961年12月15日昭和36年温泉郡小野村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1962年4月1日昭和37年温泉郡石井村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1963年3月31日昭和38年温泉郡西中島村が中島町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1968年10月25日昭和43年温泉郡久谷村が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 2005年1月1日平成17年北条市と温泉郡中島町が松山市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。