今の木更津市
東京湾岸に位置し、海岸の盤洲干潟と内陸の上総丘陵を持つ市です。木更津船による江戸との往来を背景に港町として発展しました。現在は東京湾アクアライン、館山自動車道、圏央道が通り、湾岸と内陸を結ぶ交通の拠点になっています。童謡「証城寺の狸ばやし」にゆかりがあり、かずさアカデミアパークも市の歩みに登場します。市の花はサツキ、木はツバキです。
今の木更津市の区域の人口は、2020年の国勢調査で136,166人です。今の区域で数えた1980年の110,711人とくらべると23.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は28.0%です。
主な産業:港を生かす工業や商業のほか、海の漁業と果樹などの農業が営まれています。
特産品・名産
- ブルーベリー市内で栽培され、摘み取りも行われる果実。
- アサリ潮干狩りや郷土の料理で親しまれる貝。
- ノリ東京湾沿岸で養殖される水産物。
見どころ・祭り
- 中の島大橋潮干狩り場のある中の島へ渡る歩道橋。
- 海ほたるパーキングエリア東京湾上にある展望や飲食の施設です。
- KURKKU FIELDS農業や食、アートを体験できる施設です。
木ツバキ花サツキ木更津市の木・花
木更津市のなりたち
木更津市(きさらづし)は、千葉県君津地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。真舟村・巖根村・淸川村・波岡村・鎌足村・金田村・中郷村・馬来田村・富岡村・木更津町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の木更津市になりました。
今の名前「木更津市」は、1920年にあった木更津町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の木更津町が約5km²だったのに対し、今の木更津市は約138km²と、およそ27.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は君津郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、君津郡は1991年(平成3年)4月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧巖根村の区域には巖根駅(内房線)があります。旧馬来田村の区域には馬来田駅(久留里線)があります。
「木更津市」という名前
木更津の地名には複数の説があります。日本武尊が亡くなった弟橘媛をしのび、「君去らず」という言葉が木更津へ変わったという伝説があります。このほか「如月の津」や「木足らず」に結び付ける説も示されており、伝承の一つを確定した語源としては扱えません。明治の木更津町の名前が、1942年に成立した木更津市へ引き継がれています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、望陀郡に木更津町・真舟村・清川村・巌根村・鎌足村・金田村・中郷村・富岡村・馬来田村が発足し、周淮郡には波岡村が置かれました。1897年に望陀・周淮・天羽の三郡が統合され、これらの町村は君津郡に属するようになりました。
江戸へ物資を運ぶ港町だった木更津には、1912年に鉄道が開通しました。港と駅を結ぶ市街地が発展する中、1933年には真舟村を編入しています。1942年11月3日、木更津町・巌根村・清川村・波岡村の一町三村が合併し、木更津市が生まれました。
昭和の大合併では、1954年に鎌足村、1955年に金田村と中郷村を編入しました。同じ1955年、内陸では馬来田村と富岡村の一部が合併して富来田町となりました。富岡村の全域が富来田町に入ったわけではなく、別の区域は平川町に加わっています。
1971年9月には富来田町を編入しました。こうして東京湾岸の旧木更津町を中心とする市に、小櫃川沿いの内陸地域が加わりました。1997年の東京湾アクアライン開通後は対岸への道路交通も整い、港町から続く交通の拠点としての役割が広がっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年望陀郡に木更津町・真舟村・清川村・巌根村・鎌足村・金田村・中郷村・富岡村・馬来田村が、周淮郡に波岡村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年望陀郡・周淮郡・天羽郡が統合され、木更津町などが君津郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1933年4月1日昭和8年真舟村が木更津町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1942年11月3日昭和17年木更津町・巌根村・清川村・波岡村が合併し、木更津市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年11月3日昭和29年鎌足村が木更津市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年2月11日昭和30年金田村が木更津市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年3月1日昭和30年中郷村が木更津市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年3月31日昭和30年富岡村が分割され、田川・佐野・下郡・根岸・上根岸が馬来田村と合併して富来田町となり、残部が平川町に編入された。種類:分割 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1971年9月昭和46年富来田町が木更津市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。