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市川市いちかわし

1920年には7の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の市川市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の市川市

江戸川を挟んで東京都と接し、南は東京湾に面する市です。北部には台地と農地があり、市川・本八幡などの鉄道駅の周辺には住宅や商店が集まっています。中山には法華経寺、八幡には葛飾八幡宮などの歴史ある寺社があります。行徳・南行徳の地域は江戸川下流の低地に広がり、臨海部では埋立地に工場や住宅地が整備されました。川辺と台地、海辺という地形の違いが、町ごとの景観に表れています。

今の市川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で496,676人です。今の区域で数えた1980年の364,244人とくらべると36.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は21.4%です。

496,676人人口(2020年)
+36.4%1980年からの増減
57.44km²面積(国土地理院)
8,647人/km²人口密度
21.4%65歳以上の割合
496,6761980199020052020
15歳未満 11.8%15〜64歳 66.8%65歳以上 21.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業や臨海部の工業に加え、梨などの農業とノリ養殖が営まれています。

特産品・名産

  • 梨北部の農園で栽培される特産の果実。
  • ノリ市の沿岸で養殖される水産物。
  • ねぎ市内で栽培される農産物。

見どころ・祭り

  • 法華経寺中山の歴史ある日蓮宗寺院。
  • 市川市動植物園動物の展示と自然観察ができる施設。
  • 千葉県立現代産業科学館身近な産業技術を体験しながら学ぶ施設。

木クロマツ花バラ鳥ウグイス市川市の木・花・鳥

市川市のなりたち

市川市(いちかわし)は、千葉県葛南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。中山村・国分村・八幡町・大柏村・行徳町・南行徳村・市川町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の市川市になりました。

今の名前「市川市」は、1920年にあった市川町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の市川町が約5km²だったのに対し、今の市川市は約57km²と、およそ11.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は東葛飾郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東葛飾郡は2005年(平成17年)3月28日に廃止されました。

71920年の町村の数
4回合併・編入の回数
57km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「市川市」という名前

市川の名には、二つの由来の説があります。江戸川が関東で大きな川であったため「一の川」と呼ばれたという説と、川船の荷物や人が集まる市場にちなむという説です。1934年に四町村が合併した時、市名を市川とする一方で、市役所は八幡の区域に置くことで折り合ったと伝えています。川と市場に結びつく古い地名が、広い市域の名前となりました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、現在の市域には市川町・八幡町・中山村・五常村・大柏村・行徳町・南行徳村が発足しました。五常村は翌年に国分村へ改称し、中山村は1924年に町制を施行して中山町となりました。江戸川沿いの町、台地の村、海辺の行徳は、それぞれ別の自治体でした。

1934年11月3日、市川町・八幡町・中山町・国分村が合併して市川市が発足しました。市川町だけが市になったのではなく、三町一村を合わせた新設合併でした。総武線沿線の市街地や寺社のある地域が、一つの市にまとまりました。南行徳村は、この後の1937年に南行徳町となりました。

戦後は1949年11月3日に大柏村、1955年3月31日に行徳町、1956年10月1日に南行徳町を編入しました。北側の農村地域と、江戸川下流の町々が加わり、市域が広がりました。1960年代からは行徳・南行徳の海面が埋め立てられ、工場や住宅地もつくられました。

今の市川は、市川・八幡・中山・国分に、大柏と行徳・南行徳が加わった成り立ちです。台地の歴史ある寺社や農地、鉄道沿線の住宅地、臨海部の工業地域が共存し、合併前の地名は地域の呼び名として受け継がれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年東葛飾郡に市川町・八幡町・中山村・五常村・大柏村・行徳町・南行徳村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年5月23日明治23年五常村が国分村に改称された。種類:改称 出典:www.city.ichikawa.lg.jp
  3. 1924年8月10日大正13年中山村が町制を施行し、中山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1934年11月3日昭和9年市川町・八幡町・中山町・国分村が合併し、市川市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.city.ichikawa.lg.jp
  5. 1937年4月15日昭和12年南行徳村が町制を施行し、南行徳町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  6. 1949年11月3日昭和24年大柏村が市川市に編入された。種類:編入 出典:www.city.ichikawa.lg.jp
  7. 1955年3月31日昭和30年行徳町が市川市に編入された。種類:編入 出典:www.city.ichikawa.lg.jp
  8. 1956年10月1日昭和31年南行徳町が市川市に編入された。種類:編入 出典:www.city.ichikawa.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

市川町→市川市1889〜今
南行徳村→南行徳町1889〜1956
行徳町1889〜1955
大柏村1889〜1949
国分村1890〜1934
八幡町1889〜1934
中山町1924〜1934
中山村1889〜1924

参考にした資料