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由利本荘市ゆりほんじょうし

1920年には22の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の由利本荘市になりました。

22町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の由利本荘市

秋田県の南西部、日本海に面した市で、県内で最も広い面積を持ちます。子吉川の河口から少し上流の南側に市街地が開け、市域の中央部には笹森丘陵、南には鳥海山がそびえます。海岸沿いには漁港が並び、山あいには高原やスキー場があります。旧藩の城下町の歴史を持つ地域で、海と山の自然を生かした観光が行われています。

今の由利本荘市の区域の人口は、2020年の国勢調査で74,707人です。今の区域で数えた1980年の95,748人とくらべると22.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.5%です。

74,707人人口(2020年)
−22.0%1980年からの増減
1,262.5km²面積(概算)
59人/km²人口密度
37.5%65歳以上の割合
96,5891980199020052020
15歳未満 10.1%15〜64歳 52.5%65歳以上 37.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:漁業や稲作、畜産の農林水産業と、工芸品づくり、観光です。

特産品・名産

  • 本荘ごてんまり本荘藩の奥女中が作り始めたとされる工芸品
  • 秋田由利牛市の特産品に挙がる肉牛
  • 本荘うどん稲庭うどんのルーツとする説もあるうどん

見どころ・祭り

  • 法体の滝日本の滝百選
  • 本荘公園(本荘城跡)本荘藩の城跡を整備した公園
  • 鳥海高原花立牧場鳥海山の中腹に広がる高原
  • 由利本荘市文化交流館カダーレ文化会館と図書館が入る複合施設

木ケヤキ花サクラ鳥キジ由利本荘市の木・花・鳥

由利本荘市のなりたち

由利本荘市(ゆりほんじょうし)は、秋田県県央の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、22の町村がありました。松ケ崎村・北内越村・南内越村・小友村・子吉村・石沢村・鮎川村・東滝沢村・西滝沢村・川内村・直根村・笹子村・下郷村・玉米村・道川村・亀田町・下川大内村・岩谷村・上川大内村・本荘町・西目村・矢島町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の由利本荘市になりました。

今の名前「由利本荘市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの22の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の直根村が約150km²だったのに対し、今の由利本荘市は約1,262km²と、およそ8.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は由利郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、由利郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧子吉村の区域には子吉駅(由利高原鉄道 鳥海山ろく線)があります。旧鮎川村の区域には鮎川駅(由利高原鉄道 鳥海山ろく線)があります。旧西滝沢村の区域には西滝沢駅(由利高原鉄道 鳥海山ろく線)があります。旧道川村の区域には道川駅(羽越本線)があります。旧西目村の区域には西目駅(羽越本線)があります。

221920年の町村の数
7回合併・編入の回数
1,262km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「由利本荘市」という名前

市の名は、郡の名の「由利」と、中心部の旧市名の「本荘」を合わせたものです。「由利」の名は古く、8世紀には子吉川の河口近くに出羽国府の出先の「由理柵」が置かれたとされます。「本荘」は、1623年(元和9年)に常陸国から入った六郷氏が、本城城を本荘城と改めたことにさかのぼります。「由利」という言葉そのものの語源は、はっきりしていません。

まちの成り立ち

由利地域は江戸時代、本荘・亀田・矢島の3つの藩に分かれていました。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、由利郡に本荘町・矢島町・亀田町と、多くの村が発足します。

1954年(昭和29年)3月31日、本荘町が子吉村・小友村・石沢村・南内越村・北内越村・松ヶ崎村を編入し、市制を施行して本荘市となりました。周りでも昭和の大合併が進み、1955年(昭和30年)に東滝沢村・西滝沢村・鮎川村が合併して由利村が、川内村・直根村・笹子村が合併して鳥海村が、下郷村・玉米村が合併して東由利村が、亀田町と道川村が合併して岩城町が生まれます。1956年(昭和31年)には岩谷村・下川大内村・上川大内村が合併して大内村ができました。

その後、由利村は1960年(昭和35年)、大内村は1970年(昭和45年)、東由利村は1974年(昭和49年)、西目村は1975年(昭和50年)、鳥海村は1980年(昭和55年)に町制を施行しています。

2005年(平成17年)3月22日、本荘市と矢島町・岩城町・由利町・西目町・鳥海町・東由利町・大内町の1市7町が合併し、由利本荘市が発足しました。県内でいちばん広い面積をもつ市です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、由利郡に本荘町・矢島町・亀田町と、子吉村・西目村・直根村・川内村・笹子村・玉米村・下郷村・石沢村・東滝沢村・西滝沢村・鮎川村・小友村・南内越村・北内越村・岩谷村・下川大内村・上川大内村・松ヶ崎村・道川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1954年3月31日昭和29年由利郡の子吉村・小友村・石沢村・南内越村・北内越村・松ヶ崎村が本荘町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  3. 1954年3月31日昭和29年由利郡本荘町が市制を施行して本荘市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  4. 1955年3月1日昭和30年由利郡の東滝沢村・西滝沢村・鮎川村が合併して由利村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
  5. 1955年3月31日昭和30年由利郡の川内村・直根村・笹子村が合併して鳥海村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
  6. 1955年7月23日昭和30年由利郡の下郷村と玉米村が合併して東由利村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1955年7月28日昭和30年由利郡の亀田町と道川村が合併して岩城町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1955年8月10日昭和30年本荘市の一部(中館・深沢と赤田の一部)が由利郡岩谷村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  9. 1956年9月30日昭和31年由利郡の岩谷村・下川大内村・上川大内村が合併して大内村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
  10. 1958年4月1日昭和33年由利郡大内村の一部が平鹿郡大森町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
  11. 1960年11月1日昭和35年由利郡由利村が町制を施行して由利町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  12. 1970年4月1日昭和45年由利郡大内村が町制を施行して大内町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  13. 1974年4月1日昭和49年由利郡東由利村が町制を施行して東由利町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  14. 1975年9月1日昭和50年由利郡西目村が町制を施行して西目町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  15. 1980年11月1日昭和55年由利郡鳥海村が町制を施行して鳥海町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  16. 2005年3月22日平成17年本荘市と由利郡の矢島町・岩城町・由利町・西目町・鳥海町・東由利町・大内町が合併して由利本荘市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

由利本荘市2005〜今
本荘町→本荘市1889〜2005
松ケ崎村1889〜1954
北内越村1889〜1954
南内越村1889〜1954
小友村1889〜1954
子吉村1889〜1954同じ名前の駅:子吉駅
石沢村1889〜1954
西目村→西目町1889〜2005同じ名前の駅:西目駅
矢島町1889〜2005同じ名前の駅:矢島駅
鳥海村→鳥海町1955〜2005
川内村1889〜1955
直根村1889〜1955
笹子村1889〜1955
東由利村→東由利町1955〜2005
下郷村1889〜1955
玉米村1889〜1955
岩城町1955〜2005
道川村1889〜1955同じ名前の駅:道川駅
亀田町1889〜1955
由利村→由利町1955〜2005
鮎川村1889〜1955同じ名前の駅:鮎川駅
東滝沢村1889〜1955
西滝沢村1889〜1955同じ名前の駅:西滝沢駅
大内村→大内町1956〜2005
下川大内村1889〜1956
岩谷村1889〜1956
上川大内村1889〜1956

参考にした資料