今の川根本町
静岡県の中部、大井川の上流部にある山あいの町です。東は静岡市、西は浜松市、南は島田市と接し、北は長野県との県境になっています。町の約94%が森林で、国有林の割合が高いのが特徴です。大井川に沿って茶畑が広がり、全国的に知られる川根茶の産地です。大井川鐵道のSLやアプト式の鉄道が走り、寸又峡や接岨峡などの温泉もあります。大井川の源流部には、原生の自然が守られた地域があります。
今の川根本町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,206人です。今の区域で数えた1980年の12,776人とくらべると51.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は49.6%です。
主な産業:茶を中心とする農業と林業、温泉や大井川鐵道を生かした観光が主な産業です。
特産品・名産
- 川根茶天皇杯や品評会の産地賞を多く受賞
- 川根の紅茶茶とともに農業生産額の大半を占める
見どころ・祭り
- 寸又峡温泉大井川の奥にある温泉地
- 接岨峡温泉奥大井の温泉地
- 大井川鐵道のSL・アプト式鉄道通年運転のSL列車と、日本唯一のアプト式
- 大井川源流部の原生自然原生自然環境保全地域
- 千頭SL資料館千頭にある鉄道の資料館
木ブナ花シロヤシオ鳥ヤマセミ川根本町の木・花・鳥
川根本町のなりたち
川根本町(かわねほんちょう)は、静岡県中部地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。徳山村・上川根村・東川根村・中川根村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の川根本町になりました。
今の名前「川根本町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の上川根村が約291km²だったのに対し、今の川根本町は約491km²と、およそ1.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は志太郡・榛原郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、志太郡は2009年(平成21年)1月1日に廃止されました。
「川根本町」という名前
川根本町の名は、2005年(平成17年)に中川根町と本川根町が合併したときにつけられました。二つの町はどちらも「川根」の名を持ち、中川根は明治の中川根村、本川根は1956年に上川根村と東川根村が合併してできた町です。大井川の流域には、川根の名を持つ町村が並んでいました。新しい町名がどのような経緯で決まったのか、「本」の字にどんな意味があるのかは確認できていません。
まちの成り立ち
川根本町は大井川の上流部にある町で、東は静岡市、西は浜松市、南は島田市と接し、北は長野県との県境にあたります。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には榛原郡の中川根村(上長尾・下長尾・久野脇・水川・藤川)と上川根村(千頭・崎平・奥泉・犬間)、志太郡の東川根村と徳山村ができました。昭和の大合併では、1956年(昭和31年)9月30日に上川根村と志太郡の東川根村が合併して本川根町が生まれ、同じ日に志太郡の徳山村が中川根村に編入されました。中川根村は1962年(昭和37年)4月1日に町制を施行して中川根町になりました。こうして大井川の上流は、中川根町と本川根町の二つの町に分かれて半世紀近く歩みます。平成の大合併では、2005年(平成17年)9月20日に二つの町が新設合併し、川根本町が発足しました。町の森林は面積の約94%を占め、国有林の割合が高いのが特徴です。町内には大井川源流部の原生自然環境保全地域や、静岡の自然100選に選ばれたブナの原生林があり、寸又峡・接岨峡・白沢・千頭の温泉があります。農業生産額のほとんどを茶が占め、大井川鐵道のSL列車やアプト式の井川線が観光を支えています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、榛原郡に中川根村・上川根村が、志太郡に東川根村・徳山村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年榛原郡上川根村と志太郡東川根村が合併し、榛原郡本川根町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年志太郡徳山村が榛原郡中川根村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1962年4月1日昭和37年榛原郡中川根村が町制を施行して中川根町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2005年9月20日平成17年榛原郡の中川根町と本川根町が合併して川根本町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。