今の西伊豆町
静岡県の伊豆半島の西岸にある町です。標高1000m近い山稜から宇久須川と仁科川が流れ、河口付近に主な市街地があります。海岸には砂浜や断崖、小さな島々が続き、駿河湾に沈む夕日が見えます。温暖な海洋性気候で、温泉を活かした観光と漁業が中心です。田子地区は、鰹節加工で栄えた歴史があります。町内には、堂ヶ島や黄金崎などの景勝地もあります。
今の西伊豆町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,090人です。今の区域で数えた1980年の14,376人とくらべると50.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は51.7%です。
主な産業:温泉を中心とした観光業、漁業、鰹節などの水産加工
特産品・名産
- しおかつお鰹節以前からの保存食。ご当地グルメにも使われる
- 鰹節田子地区で明治から昭和にかけて栄えた加工業
- キダチアロエ町の農業で栽培が盛ん
見どころ・祭り
- 堂ヶ島天窓洞や三四郎島があるリアス式の景勝地
- 黄金崎夕日で断崖が黄金色に輝く岬
- 今山安良里と田子の間にある半島状の山
- 大田子海岸沖に小島が並び、夕陽の眺めで知られる
木つばき花つわぶき西伊豆町の木・花
西伊豆町のなりたち
西伊豆町(にしいずちょう)は、静岡県伊豆地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。田子村・宇久須村・安良里村・仁科村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の西伊豆町になりました。
今の名前「西伊豆町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の仁科村が約58km²だったのに対し、今の西伊豆町は約104km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は賀茂郡に属していました。
「西伊豆町」という名前
西伊豆町の名は、1956年(昭和31年)に仁科村と田子村が合併したときに付けられました。町は伊豆半島の西岸にあります。2005年(平成17年)に賀茂村と合併したあとも、この名が受け継がれています。合併前の仁科・田子の両村は、どちらも1889年(明治22年)の町村制で発足した村で、今も町内の地区名として残っています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、当時の那賀郡に仁科村・田子村・宇久須村が発足しました。仁科村は浜村・一色村・中村・大沢里村が、宇久須村は宇久須村と安良里村がまとまった村です。1896年(明治29年)4月1日に那賀郡は賀茂郡に統合され、同じ年の5月14日には宇久須村から安良里が分かれて安良里村となりました。
1956年(昭和31年)3月31日、仁科村と田子村が合併して西伊豆町が発足しました。同じ年の9月30日には、北側の安良里村と宇久須村が合併して賀茂村となっています。
2005年(平成17年)4月1日、西伊豆町と賀茂村が合併し、新しい西伊豆町が発足しました。
町は伊豆半島の西岸にあり、宇久須川と仁科川の河口付近に主な市街地があります。田子地区は明治から昭和にかけて鰹節の加工で栄え、「カツオの町」として知られました。駿河湾に沈む夕陽を望めることから「夕陽のまち」をうたい、温泉を中心とした観光と漁業が産業の柱です。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、那賀郡に仁科村・田子村・宇久須村(旧宇久須村・安良里村の区域)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡制の施行に向けて那賀郡が廃止されて賀茂郡に統合され、仁科村・田子村・宇久須村は賀茂郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1896年5月14日明治29年宇久須村から大字安良里が分かれて安良里村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1956年3月31日昭和31年仁科村と田子村が合併して西伊豆町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年安良里村と宇久須村が合併して賀茂村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2005年4月1日平成17年西伊豆町と賀茂村が合併し、改めて西伊豆町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。