今の横瀬町
埼玉県西部、秩父地方の南東部に位置する町です。東は飯能市、西北部は秩父市に接します。国道299号と西武秩父線が東西に通り、横瀬駅と芦ヶ久保駅が通勤や通学を支えています。二つの駅名には、合併前の村の名が残ります。秩父地方への東側の入口となる地域で、町の木にモミジ、花にチチブイワザクラ、鳥にカワセミを定めています。
今の横瀬町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,979人です。今の区域で数えた1980年の9,511人とくらべると16.1%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.1%です。
主な産業:いちご、プラム、ぶどうなどの果樹農業と、山や棚田を生かした観光が営まれています。
特産品・名産
- いちご町内の農園で栽培される果実。
- プラム町の特産として栽培される果実。
- ぶどう町内の農園で栽培される果実。
見どころ・祭り
- 寺坂棚田武甲山を背景に広がる棚田。
- 武甲山町の象徴として親しまれる山。
- 道の駅果樹公園あしがくぼ農産物や地域の味を楽しめる施設。
木モミジ花チチブイワザクラ鳥カワセミ横瀬町の木・花・鳥
横瀬町のなりたち
横瀬町(よこぜまち)は、埼玉県秩父地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。芦ケ久保村・横瀬村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の横瀬町になりました。
今の名前「横瀬町」は、1920年にあった横瀬村の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の横瀬村が約26km²だったのに対し、今の横瀬町は約49km²と、およそ1.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は秩父郡に属していました。
「横瀬町」という名前
横瀬町は、合併前の横瀬村の名を受け継いでいます。1955年に横瀬村と芦ヶ久保村が合併した際、新しい村も横瀬村と名付けられました。1984年の町制施行で横瀬町となり、村名の横瀬をそのまま町名にしています。地名の具体的な語源ははっきりしていません。現在の町域には、横瀬と芦ヶ久保という二つの地域が含まれています。
まちの成り立ち
1889年4月1日、町村制の施行により、秩父郡に横瀬村と芦ヶ久保村が発足しました。いずれも従来の村が単独で新しい制度に移ったものです。現在の横瀬町の基礎は、この二つの自治体にあります。明治の初めから一つの村だったのではなく、それぞれが地域の行政を担っていました。
1955年2月11日、横瀬村と芦ヶ久保村が合併し、新しい横瀬村が誕生しました。名前は横瀬を引き継いでいます。同名の新しい村が、二村を合わせてつくられた合併です。現在の町域は、旧横瀬村と旧芦ヶ久保村が合わさってできたものです。
その後、1984年10月1日、横瀬村は町制を施行し、横瀬町となりました。この移行では、他の自治体との合併は行われていません。合併で横瀬村が成立し、後に単独で町制を施行しました。
現在、国道299号と西武秩父線が町を東西に通っています。鉄道には横瀬駅と芦ヶ久保駅があり、二つの旧村名が駅の名前として残っています。通勤や通学に使われる交通路は、秩父地方へ入る東側の入口にもなっています。町の成り立ちは、現在の地名や駅名とも結び付いています。
年表
- 1889年4月1日明治22年秩父郡横瀬村と芦ヶ久保村がそれぞれ単独で町村制を施行した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年横瀬村と芦ヶ久保村が合併し、新しい横瀬村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1984年10月1日昭和59年横瀬村が町制を施行して横瀬町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。