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鳥栖市とすし

1920年には5の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の鳥栖市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の鳥栖市

今の鳥栖市の区域の人口は、2020年の国勢調査で74,196人です。今の区域で数えた1980年の54,254人とくらべると36.8%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.6%です。

74,196人人口(2020年)
+36.8%1980年からの増減
71.72km²面積(国土地理院)
1,035人/km²人口密度
24.6%65歳以上の割合
74,1961980199020052020
15歳未満 15.3%15〜64歳 60.1%65歳以上 24.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

鳥栖市のなりたち

鳥栖市(とすし)は、佐賀県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。麓村・基里村・旭村・田代村・鳥栖町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の鳥栖市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1936年(昭和11年)2月11日に田代村が町になり、田代町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1953年ごろに田代町が、鳥栖町と一つになりました。1954年(昭和29年)4月1日に麓村・基里村・旭村が、鳥栖町と一つになり、鳥栖市となりました。1954年(昭和29年)4月1日に鳥栖町が市になり、鳥栖市となりました(市制施行)。この時期だけで3回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

今の名前「鳥栖市」は、1920年にあった鳥栖町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の鳥栖町が約10km²だったのに対し、今の鳥栖市は約69km²と、およそ7.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は三養基郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧田代村の区域には田代駅(鹿児島本線)があります。

51920年の町村の数
2回合併・編入の回数
72km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

年表

  1. 1936年2月11日昭和11年田代村が町になり、田代町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1953年ごろ1950〜1955年のあいだ田代町が、鳥栖町と一つになった
  3. 1954年4月1日昭和29年麓村・基里村・旭村が、鳥栖町と一つになり、鳥栖市となった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  4. 1954年4月1日昭和29年鳥栖町が市になり、鳥栖市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

鳥栖町→鳥栖市1907〜今
田代村→田代町1889〜1955同じ名前の駅:田代駅
麓村1889〜1954
基里村1889〜1954
旭村1889〜1954