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那覇市なはし

1920年には4の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の那覇市になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の那覇市

沖縄本島南部の西海岸にある県庁所在地です。東の首里台地から西の海へ向かって市街地が広がり、那覇空港と那覇港が島外との交通を支えています。首里には琉球王国ゆかりの史跡が集まり、壺屋では焼き物の文化が受け継がれています。国際通りや市場を中心とする商業地と、真和志・小禄などの住宅地が連なり、政治・経済・文化の中心を担うまちです。

今の那覇市の区域の人口は、2020年の国勢調査で317,625人です。今の区域で数えた1980年の295,778人とくらべると7.4%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は23.5%です。

317,625人人口(2020年)
+7.4%1980年からの増減
41.5km²面積(国土地理院)
7,654人/km²人口密度
23.5%65歳以上の割合
319,4351980199020052020
15歳未満 15.0%15〜64歳 61.5%65歳以上 23.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業・観光・行政サービスが集まり、紅型や織物、陶器などの伝統工芸も受け継がれています。

特産品・名産

  • 琉球びんがた多彩な模様を染める伝統工芸
  • 首里織首里で受け継がれる織物
  • 壺屋焼壺屋の焼き物文化を伝える陶器

見どころ・祭り

  • 首里城跡琉球王国の王城があった世界遺産
  • 玉陵第二尚氏の王陵である世界遺産
  • 識名園琉球王家の別邸と庭園
  • 国際通り那覇の中心市街地を通る商業の通り

木フクギ花ブーゲンビリア那覇市の木・花

那覇市のなりたち

那覇市(なはし)は、沖縄県南部地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。首里区・小禄村・真和志村・那覇区です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の那覇市になりました。

名前
合併のときの新しい名前(1920年の4町村の名前はすべて自治体名から消えた)
面積
1920年の那覇区の約3km² → 今の約38km²(約11.1倍)
1920年の郡
島尻郡
41920年の町村の数
3回合併・編入の回数
42km²今の面積
1957年いちばん新しい合併

「那覇市」という名前

「那覇」は、古く「ナーファ」「ナファ」などと呼ばれていた地名が変化したものといわれます。沖縄学の研究者・伊波普猷は、漁場を意味する「ナバ」に由来するという説を唱えました。港を中心に栄えた土地の名が、那覇区から那覇市へ受け継がれています。1934年(昭和9年)3月には日本放送語審査委員会で「ナハ」という読み方に統一されました。

まちの成り立ち

今の那覇市は、港町の那覇、王都の首里、近郊農村だった真和志と小禄を合わせたまちです。1896年(明治29年)に那覇区と首里区が置かれ、1908年(明治41年)には真和志間切と小禄間切が真和志村・小禄村となりました。1921年(大正10年)5月20日、那覇区と首里区はそれぞれ市制を施行しました。

沖縄戦で市街地が破壊された後、那覇の復興は壺屋の焼き物づくりから始まりました。1946年(昭和21年)4月4日には、糸満管内の壺屋区が分かれて那覇市となります。港で働く人々の生活を支えるため、翌年には奥武山周辺にみなと村が設置されました。みなと村は1950年(昭和25年)8月1日に那覇市へ編入されました。

1953年(昭和28年)には真和志村が市制を施行します。翌1954年(昭和29年)9月1日に首里市・小禄村、1957年(昭和32年)12月17日に真和志市が那覇市へ編入され、市域がまとまりました。これらの再編は米軍統治下で進められました。1972年(昭和47年)5月15日の日本復帰を経て、2013年(平成25年)4月1日には中核市へ移行しています。

年表

  1. 1896年4月1日明治29年沖縄県区制により那覇区・首里区が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.okinawa.jp
  2. 1903年真和志間切の牧志と小禄間切の垣花が那覇区に編入された。種類:一部編入 出典:www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp
  3. 1908年4月1日明治41年沖縄県及島嶼町村制により、島尻郡の真和志間切・小禄間切が真和志村・小禄村となった。種類:町村制 出典:www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp
  4. 1920年中頭郡西原村の石嶺・末吉・平良が首里区に編入された。種類:一部編入 出典:www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp
  5. 1921年5月20日大正10年那覇区・首里区がそれぞれ市制を施行し、那覇市・首里市となった。種類:市制施行 出典:www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp
  6. 1946年4月4日昭和21年糸満管内の壺屋区が分離し、那覇市となった。種類:分割 出典:www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp
  7. 1947年5月1日昭和22年那覇港湾作業隊と家族の生活管理を担うみなと村が、戦前の那覇市山下町と真和志村の楚辺・松尾・壺川などの区域に設置された。種類:その他 出典:www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp
  8. 1950年8月1日昭和25年みなと村が那覇市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.okinawa.jp
  9. 1953年10月1日昭和28年真和志村が市制を施行し、真和志市となった。種類:市制施行 出典:www.city.naha.okinawa.jp
  10. 1954年9月1日昭和29年首里市・小禄村が那覇市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.okinawa.jp
  11. 1957年12月17日昭和32年真和志市が那覇市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.okinawa.jp
  12. 1972年5月15日昭和47年沖縄の日本復帰により、那覇市が沖縄県の市となった。種類:その他 出典:www.archives.pref.okinawa.jp
  13. 2013年4月1日平成25年那覇市が中核市に移行した。種類:その他 出典:www.pref.okinawa.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

那覇区→那覇市1896〜今
真和志村1908〜1957
首里区→首里市1896〜1954
小禄村1908〜1954

参考にした資料