今の瀬戸内市
岡山県の南東部にあり、岡山市の東隣に位置する市です。西部は吉井川沿いの平野で、南部と東部は瀬戸内海に面し、長島や牛窓諸島が点在します。旧牛窓町は多島美から日本のエーゲ海と呼ばれます。米や野菜、果樹のほか、オリーブやマッシュルームも作られ、カキの養殖も盛んです。備前長船の刀剣や竹久夢二の生家も知られます。
今の瀬戸内市の区域の人口は、2020年の国勢調査で36,048人です。今の区域で数えた1980年の37,939人とくらべると5.0%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.7%です。
主な産業:農業と漁業が主体です。米・野菜・果実のほか、オリーブやカキの養殖があります。
特産品・名産
- オリーブ牛窓オリーブ園が知られる
- カキ虫明地区などで養殖される
- マッシュルーム旧牛窓町平山地区で生産される
見どころ・祭り
- 備前長船刀剣博物館備前長船の刀剣を扱う博物館
- 夢二郷土美術館分館竹久夢二生家と少年山荘
- 牛窓オリーブ園オリーブ畑のある園
- しおまち唐琴通り牛窓の古い町並み
- 本蓮寺国の重要文化財の寺院
木オリーブ花キク鳥メジロ瀬戸内市の木・花・鳥
瀬戸内市のなりたち
瀬戸内市(せとうちし)は、岡山県備前の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。福田村・笠加村・本庄村・今城村・豊原村・玉津村・長浜村・鹿忍村・行幸村・国府村・美和村・裳掛村・邑久村・牛窓町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の瀬戸内市になりました。
今の名前「瀬戸内市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの14の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の裳掛村が約22km²だったのに対し、今の瀬戸内市は約123km²と、およそ5.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は邑久郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、邑久郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧邑久村の区域には邑久駅(赤穂線)があります。
「瀬戸内市」という名前
「瀬戸内」の名は、瀬戸内海に面していることにちなんで付けられました。合併協議会が選んだ市名の最終候補には、「瀬戸内」のほかに「東岡山」「東備」「夢路」「あけぼの」がありました。瀬戸内海の恩恵を受け、風光明媚で温暖な穏やかな地域をイメージできることを理由に、現在の市名が選ばれました。2004年(平成16年)11月1日に、邑久町・牛窓町・長船町の3町が合併して発足しています。
まちの成り立ち
瀬戸内市は、岡山県の南東部にあり、県庁所在地の岡山市の東に隣り合っています。西部は吉井川を挟んで岡山平野の一部で、千町平野と呼ばれます。南部と東部は瀬戸内海に面し、長島や牛窓諸島の島々が点在します。旧三町は、1950年代に町村が合わさって発足しました。邑久町は、1952年(昭和27年)4月1日に邑久村・福田村・笠加村・本庄村・今城村・豊原村が合わさって発足し、のちに玉津村と裳掛村を編入しました。牛窓町は、1954年(昭和29年)10月1日に牛窓町・鹿忍町・長浜村が合わさって、改めて発足しました。長船町は、1955年(昭和30年)3月31日に行幸村・国府村・美和村が合わさって発足しています。2004年(平成16年)11月1日、邑久郡の邑久町・牛窓町・長船町の3町が新設合併して、市制を施行し瀬戸内市が発足しました。合併のとき、旧町名を冠した大字名が付けられ、市内の大字の読みはすべて「あ行」で始まります。住宅団地がいくつもあり、JR赤穂線や国道2号で岡山市へ通う人が多いベッドタウンでもあります。農業と漁業が主な産業です。
年表
- 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、邑久郡に邑久村・福田村・今城村・豊原村・本庄村・笠加村・玉津村・裳掛村・美和村・国府村・行幸村・牛窓村・鹿忍村・長浜村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年2月26日明治29年邑久郡の牛窓村が町制を施行し、牛窓町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1924年4月1日大正13年邑久郡の鹿忍村が町制を施行し、鹿忍町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1952年4月1日昭和27年邑久郡の邑久村・福田村・今城村・豊原村・本庄村・笠加村が合併し、邑久町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1953年2月1日昭和28年邑久町の一部(長沼の大部分)が、西大寺市の新設合併に加わった。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年1月1日昭和29年邑久郡玉津村が邑久町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年10月1日昭和29年邑久郡の牛窓町・鹿忍町・長浜村が合併し、改めて牛窓町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年邑久郡の美和村・国府村・行幸村が合併し、長船町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1958年4月1日昭和33年邑久郡裳掛村が邑久町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2004年11月1日平成16年邑久郡の牛窓町・邑久町・長船町が合併し、市制を施行して瀬戸内市が発足した。邑久郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.okayama.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。