今の久米南町
岡山県の中央部やや北、久米郡にある町です。平地が少なく、大半が山林と高原地帯です。誕生寺川が旭川に注ぎます。誕生寺や、日本棚田百選に選ばれた上籾・北庄地区の棚田があります。道の駅くめなんでは、特産のユズを使った商品が売られています。川柳と河童のまちとしても知られます。農業が盛んで、ブドウ、キュウリ、ユズの産地です。
今の久米南町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,530人です。今の区域で数えた1980年の7,257人とくらべると37.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.9%です。
主な産業:農業が主な産業です。ブドウ、キュウリ、ユズなどを作ります。
特産品・名産
- ユズ県内で出荷の多い産地。加工品も作られる
- キュウリ県内で出荷の多い産地
- ブドウ町の主産業の一つ
見どころ・祭り
- 誕生寺町内の寺院。境内に大イチョウがある
- 上籾・北庄地区の棚田日本棚田百選
- 道の駅くめなん直売所を併設する道の駅
- 川柳公園川柳の小径がある公園
木イチョウ花ツツジ久米南町の木・花
久米南町のなりたち
久米南町(くめなんちょう)は、岡山県美作の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。龍川村・稲岡南村・弓削町・龍山村・神目村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の久米南町になりました。
今の名前「久米南町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の弓削町が約19km²だったのに対し、今の久米南町は約78km²と、およそ4.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は久米郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧弓削町の区域には弓削駅(津山線)があります。旧神目村の区域には神目駅(津山線)があります。
「久米南町」という名前
「久米南」という町名の由来は、はっきりしていません。町は久米郡に属しています。1954年(昭和29年)4月1日に、久米郡の弓削町・誕生寺村・龍山村・神目村の1町3村が合わさって、久米南町が発足しました。旧町村の27の大字は、そのまま引き継がれました。
まちの成り立ち
久米南町は、平地が少なく、大半が山林と高原地帯です。町内を誕生寺川が流れ、旭川に注ぎます。1954年(昭和29年)4月1日、久米郡の弓削町・誕生寺村・龍山村・神目村の1町3村が合わさって、久米南町が発足しました。合併した旧町村の27の大字が引き継がれ、町役場には旧弓削町役場が使われました。弓削町は、1940年に龍川村が合わさって生まれた町です。1972年(昭和47年)8月には旧庁舎が竣工し、2024年(令和6年)1月4日に新庁舎で業務が始まりました。平成の大合併のときは、同じ久米郡の中央町・旭町・柵原町が2005年3月に合併して美咲町になりました。久米南町は合併に加わらず、単独で続けています。町内には、誕生寺や、日本棚田百選の上籾・北庄地区の棚田があります。川柳と河童のまちとしても知られます。町には道の駅くめなんがあり、特産のユズを使った商品が売られています。農業が主な産業で、ブドウやキュウリ、ユズの産地です。
年表
- 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、久米南条郡に弓削村・稲岡南村・龍川村・龍山村・神目村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1900年4月1日明治33年郡制の施行で久米南条郡と久米北条郡が合わさって久米郡となり、各村は久米郡の所属となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1917年4月1日大正6年久米郡の弓削村が町制を施行し、弓削町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1940年4月1日昭和15年久米郡の弓削町と龍川村が合併し、改めて弓削町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1952年4月1日昭和27年久米郡の稲岡南村が誕生寺村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年久米郡の弓削町・誕生寺村・龍山村・神目村が合併し、久米南町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。