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玉野市たまのし

1920年には7の町村だった区域が、8回の合併・編入を経て、今の玉野市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の玉野市

岡山県の南部、児島半島の南東部にある市で、瀬戸内海に面しています。宇野港は、かつて四国へ渡る宇高連絡船が出た港です。造船や重工業が盛んな工業のまちです。王子が岳や金甲山などの山があり、海と山の景色が楽しめます。みやま公園には、イギリス庭園があります。農業ではナスが作られています。

今の玉野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で56,531人です。今の区域で数えた1980年の77,803人とくらべると27.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.8%です。

56,531人人口(2020年)
−27.3%1980年からの増減
103.44km²面積(国土地理院)
547人/km²人口密度
38.8%65歳以上の割合
77,8031980199020052020
15歳未満 10.0%15〜64歳 51.2%65歳以上 38.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:造船・重工業・金属工業・製塩などの製造業が盛んです。農業ではナスを作ります。

特産品・名産

  • 千両ナス農業で作られるナス
  • メバル市の魚。標準和名はカサゴ
  • 塩製塩業の工場が市内にある

見どころ・祭り

  • 王子が岳瀬戸内海を一望できる。ボルダリングで知られる
  • みやま公園・イギリス庭園庭園のある公園
  • 観音寺展望台岩の上の鳥居が見られる
  • 金甲山市内の山

木バベ(ウバメガシ)花ツツジ玉野市の木・花

玉野市のなりたち

玉野市(たまのし)は、岡山県備前の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。宇野町・日比町・山田村・鉾立村・胸上村・荘内村・八浜町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の玉野市になりました。

今の名前「玉野市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の荘内村が約28km²だったのに対し、今の玉野市は約104km²と、およそ3.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は児島郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、児島郡は2005年(平成17年)3月22日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧宇野町の区域には宇野駅(宇野線)があります。旧八浜町の区域には八浜駅(宇野線)があります。

71920年の町村の数
8回合併・編入の回数
103km²今の面積
1974年いちばん新しい合併

「玉野市」という名前

「玉野」の名は、二つの町の名から一字ずつ取って付けられました。1940年(昭和15年)8月3日に、児島郡の宇野町と日比町が合わさって市制を施行し、玉野市が発足しました。日比町の人口と経済の中心だった「玉」の地区名と、宇野町の「野」の字を組み合わせたものです。

まちの成り立ち

玉野は、瀬戸内海に面した児島半島の南東部にあります。1889年(明治22年)6月1日の町村制施行で、児島郡の宇野村と玉村が合わさって、玉野村が発足しました。1906年(明治39年)に玉野村は、旧宇野村と旧玉村に分けられました。宇野は田井村と合わさって宇野村に、玉は日比村と合わさって日比町になりました。1910年(明治43年)に宇野駅が開業し、宇高連絡船が運航を始めました。1917年(大正6年)には、日比町の玉地区に三井物産造船部が創業して、人口が急に増えました。1919年(大正8年)に宇野村が町制を施行し、宇野町になっています。1940年(昭和15年)8月3日、宇野町と日比町が合わさって市制を施行し、玉野市が発足しました。その後、1953年(昭和28年)7月1日に山田村を、1954年(昭和29年)4月1日に荘内村を、1955年(昭和30年)2月1日に八浜町を編入しています。1974年(昭和49年)3月20日には東児町を編入して、今の市域になりました。東児町は、1954年に鉾立村と胸上村が合わさって生まれた町です。造船や重工業が盛んな工業のまちとして発展してきました。

年表

  1. 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、児島郡に玉野村・日比村・田井村・山田村・玉井村・秀天村・下加茂村・上加茂村・鉾立村・胸上村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1898年1月1日明治31年児島郡の玉井村が八浜村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  3. 1901年2月6日明治34年児島郡の八浜村が町制を施行し、八浜町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1903年4月1日明治36年児島郡の下加茂村・上加茂村と秀天村の一部が合併して荘内村が発足し、秀天村の残り(大崎)は八浜町に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1906年4月1日明治39年児島郡の日比村と玉野村の一部(玉)が合併して日比町が、玉野村の残り(宇野)と田井村の一部が合併して宇野村が発足し、田井村の残りは八浜町に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1919年1月1日大正8年児島郡の宇野村が町制を施行し、宇野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1940年8月3日昭和15年児島郡の宇野町と日比町が合併し、市制を施行して玉野市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1953年7月1日昭和28年児島郡山田村が玉野市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  9. 1954年3月1日昭和29年児島郡の胸上村と鉾立村が合併し、東児町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  10. 1954年4月1日昭和29年児島郡荘内村が玉野市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  11. 1955年2月1日昭和30年児島郡八浜町が玉野市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  12. 1974年3月20日昭和49年児島郡東児町が玉野市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

玉野市1940〜今
東児町1954〜1974
鉾立村1889〜1954
胸上村1889〜1954
八浜町1906〜1955同じ名前の駅:八浜駅
荘内村1903〜1954
山田村1889〜1953
宇野町1919〜1940同じ名前の駅:宇野駅
日比町1906〜1940

参考にした資料