今の松浦市
今の松浦市の区域の人口は、2020年の国勢調査で21,271人です。今の区域で数えた1980年の32,478人とくらべると34.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.4%です。
松浦市のなりたち
松浦市(まつうらし)は、長崎県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。星鹿村・今福村・御厨村・調川村・志佐村・上志佐村・鷹島村・福島村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の松浦市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1921年(大正10年)11月1日に志佐村が町になり、志佐町となりました(町制施行)。1929年(昭和4年)4月1日に今福村が町になり、今福町となりました(町制施行)。1941年(昭和16年)1月1日に星鹿村が、御厨村と一つになり、新御厨町となりました。1941年(昭和16年)1月1日に御厨村が町になり、新御厨町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1949年(昭和24年)1月1日に調川村が町になり、調川町となりました(町制施行)。1951年(昭和26年)12月1日に福島村が町になり、福島町となりました(町制施行)。1954年(昭和29年)4月1日に今福町・新御厨町・調川町・志佐町・上志佐村が合わさって、松浦市が生まれました。この時期だけで3回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1975年(昭和50年)1月1日に鷹島村が町になり、鷹島町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)1月1日に鷹島町・福島町が合わさって、松浦市が生まれました。
今の名前「松浦市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の御厨村が約28km²だったのに対し、今の松浦市は約127km²と、およそ4.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北松浦郡に属していました。
年表
- 1921年11月1日大正10年志佐村が町になり、志佐町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1929年4月1日昭和4年今福村が町になり、今福町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1941年1月1日昭和16年星鹿村が、御厨村と一つになり、新御厨町となった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1941年1月1日昭和16年御厨村が町になり、新御厨町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1949年1月1日昭和24年調川村が町になり、調川町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1951年12月1日昭和26年福島村が町になり、福島町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年4月1日昭和29年今福町・新御厨町・調川町・志佐町・上志佐村が合わさって、松浦市が生まれた出典:同じ合併に加わった町村の日付から・国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1975年1月1日昭和50年鷹島村が町になり、鷹島町となった(町制施行)e-Stat「鷹島村(42387)が鷹島町(42387)に町制施行」
- 2006年1月1日平成18年鷹島町・福島町が合わさって、松浦市が生まれたe-Stat「松浦市(42208)、福島町(42386)、鷹島町(42387)が合併し、松浦市を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。