今の五島市
今の五島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で34,391人です。今の区域で数えた1980年の60,947人とくらべると43.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.8%です。
五島市のなりたち
五島市(ごとうし)は、長崎県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。奥浦村・本山村・大浜村・崎山村・樺島村・久賀島村・奈留島村・岐宿村・三井楽村・福江町・玉之浦村・富江村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の五島市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1922年(大正11年)9月11日に富江村が町になり、富江町となりました(町制施行)。1933年(昭和8年)11月3日に玉之浦村が町になり、玉之浦町となりました(町制施行)。1940年(昭和15年)11月3日に三井楽村が町になり、三井楽町となりました(町制施行)。1941年(昭和16年)4月3日に岐宿村が町になり、岐宿町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に奥浦村・本山村・大浜村・崎山村が、福江町と一つになり、福江市となりました。1954年(昭和29年)4月1日に福江町が市になり、福江市となりました(市制施行)。1957年(昭和32年)3月31日に樺島村が、福江市と一つになりました。1957年(昭和32年)11月1日に久賀島村が、福江市と一つになりました。1957年(昭和32年)11月3日に奈留島村が町になり、奈留町となりました(町制施行)。この時期だけで5回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2004年(平成16年)8月1日に奈留町・岐宿町・三井楽町・福江市・玉之浦町・富江町が合わさって、五島市が生まれました。
今の名前「五島市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の岐宿村が約82km²だったのに対し、今の五島市は約405km²と、およそ4.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南松浦郡に属していました。
年表
- 1922年9月11日大正11年富江村が町になり、富江町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1933年11月3日昭和8年玉之浦村が町になり、玉之浦町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1940年11月3日昭和15年三井楽村が町になり、三井楽町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1941年4月3日昭和16年岐宿村が町になり、岐宿町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年4月1日昭和29年奥浦村・本山村・大浜村・崎山村が、福江町と一つになり、福江市となった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1954年4月1日昭和29年福江町が市になり、福江市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1957年3月31日昭和32年樺島村が、福江市と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1957年11月1日昭和32年久賀島村が、福江市と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1957年11月3日昭和32年奈留島村が町になり、奈留町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 2004年8月1日平成16年奈留町・岐宿町・三井楽町・福江市・玉之浦町・富江町が合わさって、五島市が生まれたe-Stat「福江市(42206)、富江町(42401)、玉之浦町(42402)、三井楽町(42403)、岐宿町(42404)、奈留町(42405)が合併し、五島市(42211)を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。