今の西海市
今の西海市の区域の人口は、2020年の国勢調査で26,275人です。今の区域で数えた1980年の41,064人とくらべると36.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.0%です。
西海市のなりたち
西海市(さいかいし)は、長崎県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、13の町村がありました。多以良村・瀬戸村・雪浦村・松島村・面高村・七釜村・江島村・平島村・瀬川村・大串村・亀岳村・黒瀬村・崎戸村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の西海市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1928年(昭和3年)6月1日に瀬戸村が町になり、瀬戸町となりました(町制施行)。1931年(昭和6年)10月1日に崎戸村が町になり、崎戸町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1949年(昭和24年)4月1日に黒瀬村が町になり、大島町となりました(町制施行)。1955年(昭和30年)2月11日に多以良村・瀬戸町・雪浦村・松島村が合わさって、大瀬戸町が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日に面高村・七釜村が合わさって、西海町が生まれました。1956年(昭和31年)9月1日に江島村・平島村が、崎戸町と一つになりました。1957年(昭和32年)3月31日に瀬川村が、西海町と一つになりました。1961年(昭和36年)6月29日に大串村・亀岳村が合わさって、西彼町が生まれました。この時期だけで6回の変化があり、町村の数は大きく減りました。
その後、1968年ごろに西海村が町になり、西海町となりました(町制施行)。1968年ごろに西彼村が町になり、西彼町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)4月1日に大島町・崎戸町・大瀬戸町・西彼町が合わさって、西海市が生まれました。2005年(平成17年)4月1日に西海町が市になり、西海市となりました(市制施行)。
今の名前「西海市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの13の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の雪浦村が約36km²だったのに対し、今の西海市は約233km²と、およそ6.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は西彼杵郡に属していました。
年表
- 1928年6月1日昭和3年瀬戸村が町になり、瀬戸町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1931年10月1日昭和6年崎戸村が町になり、崎戸町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1949年4月1日昭和24年黒瀬村が町になり、大島町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年2月11日昭和30年多以良村・瀬戸町・雪浦村・松島村が合わさって、大瀬戸町が生まれた出典:同じ合併に加わった町村の日付から・国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1955年4月1日昭和30年面高村・七釜村が合わさって、西海町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1956年9月1日昭和31年江島村・平島村が、崎戸町と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1957年3月31日昭和32年瀬川村が、西海町と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1961年6月29日昭和36年大串村・亀岳村が合わさって、西彼町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ西海村が町になり、西海町となった(町制施行)
- 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ西彼村が町になり、西彼町となった(町制施行)
- 2005年4月1日平成17年大島町・崎戸町・大瀬戸町・西彼町が合わさって、西海市が生まれたe-Stat「西彼町(42310)、西海町(42311)、大島町(42312)、崎戸町(42313)、大瀬戸町(42314)が合併し、西海市(42212)を新設」
- 2005年4月1日平成17年西海町が市になり、西海市となった(市制施行)e-Stat「西彼町(42310)、西海町(42311)、大島町(42312)、崎戸町(42313)、大瀬戸町(42314)が合併し、西海市(42212)を新設」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。