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諫早市いさはやし

1920年には19の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の諫早市になりました。

19町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の諫早市

今の諫早市の区域の人口は、2020年の国勢調査で133,852人です。今の区域で数えた1980年の127,339人とくらべると5.1%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.6%です。

133,852人人口(2020年)
+5.1%1980年からの増減
341.79km²面積(国土地理院)
392人/km²人口密度
30.6%65歳以上の割合
144,2991980199020052020
15歳未満 13.4%15〜64歳 56.0%65歳以上 30.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

諫早市のなりたち

諫早市(いさはやし)は、長崎県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。北諫早村・長田村・本野村・真津山村・小野村・諫早町・小栗村・有喜村・伊木力村・大草村・喜々津村・田結村・江ノ浦村・深海村・湯江村・小江村・小長井村・森山村・諫早村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の諫早市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1923年(大正12年)4月1日に北諫早村が、諫早村と一つになり、諫早市となりました。1923年(大正12年)4月1日に諫早村が市になり、諫早市となりました(市制施行)。1940年(昭和15年)9月1日に長田村・本野村・真津山村・小野村・諫早町・小栗村・有喜村が、諫早市と一つになりました。1940年(昭和15年)11月3日に湯江村が町になり、湯江町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1955年(昭和30年)2月11日に伊木力村・大草村・喜々津村が合わさって、多良見町が生まれました。1955年(昭和30年)2月11日に田結村・江ノ浦村が合わさって、飯盛町が生まれました。1956年(昭和31年)9月20日に深海村・湯江町・小江村が合わさって、高来町が生まれました。この時期だけで3回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

その後、1963年ごろに飯盛村が町になり、飯盛町となりました(町制施行)。1966年(昭和41年)11月1日に小長井村が町になり、小長井町となりました(町制施行)。1968年ごろに多良見村が町になり、多良見町となりました(町制施行)。1969年(昭和44年)4月1日に森山村が町になり、森山町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)3月1日に小長井町・森山町・多良見町・飯盛町・高来町が合わさって、諫早市が生まれました。

今の名前「諫早市」は、1920年にあった諫早村の名前を受け継いでいます。ほかの18の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は北高来郡・西彼杵郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北高来郡は2005年(平成17年)3月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大草村の区域には大草駅(長崎本線)があります。旧喜々津村の区域には喜々津駅(長崎本線)があります。旧湯江村の区域には湯江駅(長崎本線)があります。旧小江村の区域には小江駅(長崎本線)があります。旧小長井村の区域には小長井駅(長崎本線)があります。

191920年の町村の数
6回合併・編入の回数
342km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1923年4月1日大正12年北諫早村が、諫早村と一つになり、諫早市となった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1923年4月1日大正12年諫早村が市になり、諫早市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1940年9月1日昭和15年長田村・本野村・真津山村・小野村・諫早町・小栗村・有喜村が、諫早市と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  4. 1940年11月3日昭和15年湯江村が町になり、湯江町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  5. 1955年2月11日昭和30年伊木力村・大草村・喜々津村が合わさって、多良見町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  6. 1955年2月11日昭和30年田結村・江ノ浦村が合わさって、飯盛町が生まれた出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  7. 1956年9月20日昭和31年深海村・湯江町・小江村が合わさって、高来町が生まれた出典:同じ合併に加わった町村の日付から・国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  8. 1963年ごろ1960〜1965年のあいだ飯盛村が町になり、飯盛町となった(町制施行)
  9. 1966年11月1日昭和41年小長井村が町になり、小長井町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  10. 1968年ごろ1965〜1970年のあいだ多良見村が町になり、多良見町となった(町制施行)
  11. 1969年4月1日昭和44年森山村が町になり、森山町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  12. 2005年3月1日平成17年小長井町・森山町・多良見町・飯盛町・高来町が合わさって、諫早市が生まれたe-Stat「諫早市(42204)、多良見町(42306)、森山町(42341)、飯盛町(42342)、高来町(42343)、小長井町(42344)が合併し、諫早市を新設 北高来郡(42340)の廃止」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

諫早村→諫早市1889〜今
小長井村→小長井町1889〜2005同じ名前の駅:小長井駅
森山村→森山町1889〜2005
多良見村→多良見町1955〜2005
伊木力村1889〜1955
大草村1889〜1955同じ名前の駅:大草駅
喜々津村1889〜1955同じ名前の駅:喜々津駅
飯盛村→飯盛町1955〜2005
田結村1889〜1955
江ノ浦村1889〜1955
高来町1956〜2005
深海村1889〜1956
湯江村→湯江町1889〜1956同じ名前の駅:湯江駅
小江村1889〜1956同じ名前の駅:小江駅
長田村1889〜1940
本野村1889〜1940
真津山村1889〜1940
小野村1889〜1940
諫早町1889〜1940同じ名前の駅:諫早駅
小栗村1889〜1940
有喜村1889〜1940
北諫早村1889〜1923