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天龍村てんりゅうむら

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の天龍村になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の天龍村

長野県の南の端、下伊那郡にある村で、南は愛知県と静岡県に接します。四方を山に囲まれ、村の中央を天竜川が南へ流れ、深い谷あいに集落が点在します。長野県で最も暖かい土地の一つで、梅や桜が早く咲くことから「信州に春を告げる村」と呼ばれます。ていざなすや柚餅子、中井侍の茶が特産です。1956年に平岡村と神原村が合併して生まれた村です。

今の天龍村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,178人です。今の区域で数えた1980年の3,389人とくらべると65.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は62.1%です。

1,178人人口(2020年)
−65.2%1980年からの増減
109.44km²面積(国土地理院)
11人/km²人口密度
62.1%65歳以上の割合
3,3891980199020052020
15歳未満 6.1%15〜64歳 31.7%65歳以上 62.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ていざなすや茶などの農業と、柚餅子などの加工品づくり

特産品・名産

  • ていざなす村に伝わる大きななす
  • 柚餅子ゆずを使った保存食の菓子
  • 中井侍銘茶中井侍地区の茶

見どころ・祭り

  • 天龍温泉おきよめの湯日帰りの温泉施設
  • 羽衣崎平岡ダム湖と飯田線を望む場所
  • 満島番所跡天竜川沿いの番所の跡
  • 自慶院村内の寺

天龍村のなりたち

天龍村(てんりゅうむら)は、長野県南信地方の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。平岡村・神原村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の天龍村になりました。

今の名前「天龍村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の神原村が約58km²だったのに対し、今の天龍村は約108km²と、およそ1.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は下伊那郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧平岡村の区域には平岡駅(飯田線)があります。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
109km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「天龍村」という名前

天龍村は、1956年(昭和31年)9月30日に平岡村と神原村が合併して生まれた村です。新しい村の名前には、村の中を流れる天竜川にちなむ「天龍」が選ばれました。平岡ダムや佐久間ダムができて姿を変えた天竜川の、かつての様子をしのんで付けられたと伝えられています。

まちの成り立ち

今の天龍村の地域では、1875年(明治8年)に満島村・鴬巣村などがまとまって平岡村が、向方村・坂部村などがまとまって神原村が生まれました。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、平岡村と長島村がまとまって平岡村となり、神原村はそのまま村となりました。

昭和に入ると、天竜川には平岡ダムがつくられ、下流の静岡県側には佐久間ダムができて、川の姿は大きく変わりました。1956年(昭和31年)9月30日、平岡村と神原村が合併して天龍村が発足しました。それ以来、村の区域は変わっていません。

村は長野県の南の端にあり、南は愛知県と静岡県に接しています。四方を山に囲まれ、村の中央を天竜川が南へ流れ、支流がつくる深い谷あいに集落が点在します。長野県で最も暖かい土地の一つで、梅や桜が早く咲くことから「信州に春を告げる村」と呼ばれています。坂部の冬祭りや向方のお潔め祭りなど、古い霜月神楽の祭りも伝わっています。特産には、伝統野菜のていざなすや柚餅子、中井侍の茶があります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下伊那郡に平岡村・長島村の区域で平岡村が発足し、神原村が単独で村制を施行した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1956年9月30日昭和31年平岡村と神原村が合併し、天龍村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

天龍村1956〜今
平岡村1889〜1956同じ名前の駅:平岡駅
神原村1889〜1956

参考にした資料