今の泰阜村
長野県の南部、下伊那郡の南にある山の村です。天竜川の西岸に広がり、山と谷が重なる土地に集落が点在しています。天竜川沿いには飯田線が走ります。村にはジビエの加工施設があり、天竜川のほとりのキャンプ場や、あいパークやすおかなどの施設もあります。江戸時代から伝わる榑木踊りが受け継がれています。
今の泰阜村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,542人です。今の区域で数えた1980年の2,613人とくらべると41.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.2%です。
主な産業:農業と林業、ジビエの加工
特産品・名産
- ジビエ村のジビエ加工組合が加工する
見どころ・祭り
- 榑木踊り江戸時代から伝わる村の踊り
- 二軒屋キャンプ場天竜川沿いのキャンプ場
- あいパークやすおか村の交流施設
泰阜村のなりたち
泰阜村(やすおかむら)は、長野県南信地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに泰阜村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は下伊那郡に属していました。
「泰阜村」という名前
泰阜村は、1875年(明治8年)1月23日に、南山村・唐笠村・金野村など17か村が合併して生まれた村です。合わさった村々の名前とは別に、新しく「泰阜」という名前が付けられました。この名前は、漢詩の「泰山丘阜」ということばに由来するとされます。読みは「やすおか」です。
まちの成り立ち
泰阜村の地域は、室町時代には知久氏の領地でした。1555年に武田信玄が知久氏を滅ぼしたあとは、前澤若狭守の領地になったと伝えられています。
明治に入ると、1869年(明治2年)に伊那県、のちに筑摩県に属し、村々はいくつかの区にまとめられました。1875年(明治8年)1月23日、南山村・唐笠村・金野村・怒田村・左京村・平島田村・鍬不取村・平野村・田野口村・柿野村・明島村・門島村・打沢村・黒見村・万場村・稲伏戸村・高町村の17か村が合併して泰阜村が生まれました。1876年(明治9年)には長野県に属し、1879年(明治12年)に下伊那郡に入りました。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行では、泰阜村の区域がそのまま泰阜村となり、それ以来、村の区域は変わっていません。
1939年(昭和14年)には、満州への開拓移民として村から多くの人が渡り、現地に「分村」がつくられました。
村は下伊那郡の南部、天竜川の西岸に広がる山の村で、山と谷が重なる土地に集落が点在しています。天竜川沿いには飯田線が走ります。江戸時代から伝わる榑木踊りが、今も村に受け継がれています。
年表
- 1879年1月4日明治12年郡区町村編制法の施行により、泰阜村は下伊那郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下伊那郡泰阜村の区域をもって泰阜村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。