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千曲市ちくまし

1920年には14の町村だった区域が、8回の合併・編入を経て、今の千曲市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の千曲市

長野県の北部、千曲川の中流にある市です。2003年に更埴市と戸倉町・上山田町が合併して生まれました。姨捨の棚田は国の重要文化的景観で、月の名所として知られます。森地区はあんずの里として知られ、春には花見の人でにぎわいます。戸倉上山田温泉や、大きな前方後円墳の森将軍塚古墳もあります。

今の千曲市の区域の人口は、2020年の国勢調査で58,852人です。今の区域で数えた1980年の60,106人とくらべると2.1%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.5%です。

58,852人人口(2020年)
−2.1%1980年からの増減
119.79km²面積(国土地理院)
491人/km²人口密度
33.5%65歳以上の割合
64,5491980199020052020
15歳未満 11.8%15〜64歳 54.7%65歳以上 33.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:精密機器・食品などの工業と、あんずなどの果樹栽培、温泉の観光

特産品・名産

  • あんず森地区を中心に作られる

見どころ・祭り

  • 姨捨の棚田国の重要文化的景観
  • あんずの里森地区のあんずの花の名所
  • 戸倉上山田温泉千曲川沿いの温泉地
  • 森将軍塚古墳大きな前方後円墳
  • 聖山高原市の西の高原

千曲市のなりたち

千曲市(ちくまし)は、長野県北信地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。杭瀬下村・更級村・雨宮県村・森村・稲荷山町・五加村・力石村・倉科村・桑原村・屋代町・埴生村・八幡村・戸倉村・上山田村です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の千曲市になりました。

今の名前「千曲市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの14の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の桑原村が約18km²だったのに対し、今の千曲市は約120km²と、およそ6.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は埴科郡・更級郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、更級郡は2005年(平成17年)1月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧屋代町の区域には屋代駅(しなの鉄道線)があります。旧戸倉村の区域には戸倉駅(しなの鉄道線)があります。

141920年の町村の数
8回合併・編入の回数
120km²今の面積
2003年いちばん新しい合併

「千曲市」という名前

千曲市の名前は、市の中央を流れる千曲川から取られています。2003年(平成15年)9月1日に更埴市・上山田町・戸倉町が合併したとき、三つの市町を結ぶ川の名前が新しい市の名前になりました。合併前の更埴市の名は、更級郡と埴科郡の頭の字を合わせたものでした。「千曲」という川の名の由来ははっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、今の市域には埴科郡の屋代町・戸倉村・埴生村・森村など8町村と、更級郡の稲荷山町・上山田村・八幡村など5町村が生まれました。1892年(明治25年)には上山田村から力石村が分かれています。戸倉村・埴生村・上山田村は、昭和のはじめから戦後にかけて順に町になりました。

昭和の大合併の時期には、周りの村が次々に町と合わさりました。1954年(昭和29年)に埴生町が杭瀬下村と、1955年(昭和30年)には屋代町が雨宮県村・森村と、稲荷山町が桑原村と、戸倉町が更級村や五加村と、上山田町が力石村と合併しました。1956年(昭和31年)には倉科村が屋代町に加わりました。1959年(昭和34年)6月1日、屋代町・埴生町・稲荷山町・八幡村が郡を越えて合併し、更埴市が発足しました。

2003年(平成15年)9月1日、更埴市・上山田町・戸倉町が合併して千曲市が誕生しました。

市は千曲川の中流にあり、川沿いの平地に町が広がります。姨捨の棚田は月の名所として知られ、森地区はあんずの里として春に多くの人が訪れます。戸倉上山田温泉や東日本最大級の前方後円墳の森将軍塚古墳もあります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、埴科郡に屋代町・戸倉村・五加村・埴生村・杭瀬下村・森村・倉科村・雨宮県村が、更級郡に稲荷山町・上山田村・更級村・八幡村・桑原村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1892年10月14日明治25年上山田村の一部(力石)が分かれ、力石村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1940年4月17日昭和15年戸倉村が町制を施行し、戸倉町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1948年3月1日昭和23年埴生村が町制を施行し、埴生町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1949年11月3日昭和24年上山田村が町制を施行し、上山田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1954年10月1日昭和29年埴生町と杭瀬下村が合併し、改めて埴生町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1955年4月1日昭和30年屋代町・雨宮県村・森村が合併し、埴科屋代町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1955年4月1日昭和30年稲荷山町と桑原村が合併し、稲荷山桑原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1955年4月1日昭和30年戸倉町と更級郡更級村が合併し、改めて埴科郡戸倉町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  10. 1955年6月1日昭和30年埴科屋代町が改称して屋代町となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  11. 1955年7月1日昭和30年五加村が分割され、一部(中)が埴生町に編入され、残りは戸倉町と合併して改めて戸倉町が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  12. 1955年7月1日昭和30年上山田町と力石村が合併し、改めて上山田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  13. 1955年12月1日昭和30年稲荷山桑原町が改称して稲荷山町となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  14. 1956年9月30日昭和31年倉科村が屋代町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  15. 1959年6月1日昭和34年埴科郡屋代町・埴生町と更級郡稲荷山町・八幡村が合併し、更埴市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  16. 2003年9月1日平成15年更埴市・更級郡上山田町・埴科郡戸倉町が合併し、千曲市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

千曲市2003〜今
戸倉村→戸倉町1889〜2003同じ名前の駅:戸倉駅
五加村1889〜1955
更級村1889〜1955
上山田村→上山田町1889〜2003
力石村1892〜1955
更埴市1956〜2003
屋代町1889〜1959同じ名前の駅:屋代駅
雨宮県村1889〜1955
森村1889〜1955
埴生村→埴生町1889〜1959
杭瀬下村1889〜1954
八幡村1889〜1959
倉科村1889〜1956
桑原村→稲荷山桑原町1889〜1956
稲荷山町1889〜1955

参考にした資料