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宇土市うとし

1920年には7の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の宇土市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の宇土市

今の宇土市の区域の人口は、2020年の国勢調査で36,122人です。今の区域で数えた1980年の32,954人とくらべると9.6%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.4%です。

36,122人人口(2020年)
+9.6%1980年からの増減
74.3km²面積(国土地理院)
486人/km²人口密度
30.4%65歳以上の割合
38,0231980199020052020
15歳未満 13.6%15〜64歳 56.1%65歳以上 30.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

宇土市のなりたち

宇土市(うとし)は、熊本県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。網津村・緑川村・花園村・轟村・走潟村・網田村・宇土町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の宇土市になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1954年(昭和29年)4月1日に網津村・緑川村・花園村・轟村が合わさって、宇土町が生まれました。1954年(昭和29年)10月1日に走潟村が、宇土町に入りました(編入)。1958年(昭和33年)10月1日に網田村が、宇土町に入りました(編入)。1958年(昭和33年)10月1日に宇土町が市になり、宇土市となりました(市制施行)。この時期だけで4回の変化があり、町村の数は大きく減りました。

今の名前「宇土市」は、1920年にあった宇土町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の宇土町が約5km²だったのに対し、今の宇土市は約71km²と、およそ14.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は宇土郡・飽託郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、宇土郡は2005年(平成17年)1月15日に廃止されました、飽託郡は1991年(平成3年)2月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧緑川村の区域には緑川駅(三角線)があります。旧網田村の区域には網田駅(三角線)があります。

71920年の町村の数
3回合併・編入の回数
74km²今の面積
1958年いちばん新しい合併

年表

  1. 1954年4月1日昭和29年網津村・緑川村・花園村・轟村が合わさって、宇土町が生まれた出典:wiki
  2. 1954年10月1日昭和29年走潟村が、宇土町に入った(編入)出典:wiki
  3. 1958年10月1日昭和33年網田村が、宇土町に入った(編入)出典:wiki
  4. 1958年10月1日昭和33年宇土町が市になり、宇土市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

宇土町→宇土市1889〜今
網田村1889〜1958同じ名前の駅:網田駅
走潟村1889〜1954
網津村1889〜1954
緑川村1889〜1954同じ名前の駅:緑川駅
花園村1889〜1954
轟村1889〜1954