今の占冠村
北海道のほぼ中央、勇払郡の山あいにある村です。鵡川の上流域に集落が並びます。基幹産業は農業と林業で、ジャガイモ、カボチャ、メロン、スイカ、ホウレンソウなどを作り、酪農も古くから行われています。トマム地区には大きなリゾートがあり、鵡川ではラフティングや釣りができます。村は富良野・美瑛観光圏の一員で、キャッチフレーズは「自然体感占冠」です。
今の占冠村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,306人です。今の区域で数えた1980年の1,601人とくらべると18.4%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は24.4%です。
主な産業:農業と林業が基幹産業で、トマム地区のリゾート観光もあります。
特産品・名産
- 山菜特産品として挙がる山の幸
- エゾシカの肉特産品として挙がる肉
- ヤマメ特産品として挙がる魚
見どころ・祭り
- 赤岩青巌峡鵡川の渓谷
- 道の駅自然体感しむかっぷ村内の道の駅
- 湯の沢温泉村内の温泉
- トマム地区のリゾート星野リゾートトマムなどがある
- イトウアイリスガーデン村内の庭園
木カエデ花ツツジ占冠村の木・花
占冠村のなりたち
占冠村(しむかっぷむら)は、北海道上川地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに占冠村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は勇払郡に属していました。
「占冠村」という名前
「占冠」は、アイヌ語の「シモカㇷ゚」(とても静かで平和な上流の場所)に由来するとされています。ほかに、アイヌ語研究者の山田秀三が「鵡川の源流」を意味する「シムカㇷ゚」ではないかと考えた説や、「シュムカプ」(ヤチダモの多い川岸)とする説もあります。
まちの成り立ち
占冠の開拓は、1900年(明治33年)8月に植民地の区画が設けられ、1902年(明治35年)5月に占冠原野へ小作農7戸と自作農5〜6戸が入ったことに始まります。翌1903年には静岡県から団体が移住し、少しずつ開かれていきました。1905年(明治38年)5月31日に辺富内村を割いて占冠村が置かれ、鵡川外8村戸長役場の管轄に入りました。1906年(明治39年)4月に下富良野外1村戸長役場の管轄となり、1908年(明治41年)4月からは南富良野外1村戸長役場の管轄になっています。1919年(大正8年)4月に二級町村制を施行して占冠村となり、南富良野村と組合役場を設けました。組合役場は1932年(昭和7年)4月に廃止され、占冠村は単独の村になりました。村の基幹産業は農業と林業で、ジャガイモやカボチャ、メロン、スイカなどが作られます。トマム地区ではリゾートが開かれ、鵡川ではラフティングなどのアウトドアが楽しめます。
年表
- 1905年5月31日明治38年勇払郡の辺富内村を割いて占冠村が置かれ、鵡川外8村戸長役場の管轄となった。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1906年4月1日明治39年占冠村が下富良野外1村戸長役場の管轄に移った。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1908年4月1日明治41年占冠村が南富良野外1村戸長役場の管轄に移った。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1919年4月大正8年占冠村に二級町村制が施行され、南富良野村との組合役場が置かれた。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1932年4月昭和7年南富良野村との組合役場が廃止された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。