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音更町おとふけちょう

音更町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の音更町

十勝総合振興局にある河東郡の町で、十勝平野のほぼ中央部に位置します。南は十勝川をはさんで帯広市と幕別町に接し、音更川を中央に、士幌川と然別川が北から南へ流れて十勝川に注ぎます。地形はほぼ平坦で、東に丘陵があります。昭和40年代後半から帯広市のベッドタウンとして市街地が広がりました。農業が基幹産業で、十勝川沿いには十勝川温泉があります。

今の音更町の区域の人口は、2020年の国勢調査で43,576人です。今の区域で数えた1980年の31,134人とくらべると40.0%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.7%です。

43,576人人口(2020年)
+40.0%1980年からの増減
514.3km²面積(概算)
85人/km²人口密度
29.7%65歳以上の割合
45,0851980199020052020
15歳未満 13.0%15〜64歳 57.3%65歳以上 29.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業が基幹産業で、小麦・ビート・馬鈴薯・豆類などを作ります。

特産品・名産

  • 小麦主要な作物の一つ
  • 音更大袖振町が発祥地とされる大豆の品種
  • 乳製品よつ葉乳業の十勝主管工場がある

見どころ・祭り

  • 十勝川温泉モール温泉で知られる北海道遺産
  • 十勝が丘公園町内の公園
  • 家畜改良センター十勝牧場町内にある広い牧場
  • 道の駅おとふけ なつぞらのふる里町内の道の駅

木シラカバ花スズラン音更町の木・花

音更町のなりたち

音更町(おとふけちょう)は、北海道十勝地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに音更村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は河東郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
514km²今の面積

「音更町」という名前

「音更」は、アイヌ語の「オトㇷ゚ケ」(髪の毛が風に乱れる)に由来し、伝説にもとづく名とされています。音更川や然別川、士幌川の細い支流がたくさん流れる様子が、髪の毛のように見えたからとする説もあります。どの解釈が元かは、はっきりしていません。

まちの成り立ち

音更では、1858年(安政5年)に松浦武四郎が十勝の内陸を探検して、音更に立ち入りました。1879年(明治12年)に岩手県の大川宇八郎が字上士幌に入り、1889年には晩成社の渡辺勝が字然別に来ています。1896年ごろから木野村農場や仁礼、鈴木、千野の各農場が音更川の流域に入植を始めました。1900年には依馬嘉平が温泉を開き、のちの十勝川温泉になります。1901年(明治34年)に音更外2村戸長役場が置かれ、1906年(明治39年)4月1日に二級町村制を施行して音更村となりました。1921年(大正10年)には川上村(今の士幌町)と鹿追村を分村し、同時に一級町村制を施行しています。1925年には国鉄士幌線が帯広と士幌の間で開通しました。1953年(昭和28年)7月1日に町制を施行して音更町になっています。1933年には雨宮温泉が十勝川温泉と命名され、1967年には北海道協同乳業(今のよつ葉乳業)が設立されて、十勝主管工場が操業を始めました。

年表

  1. 1906年4月1日明治39年河東郡の音更村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1921年4月1日大正10年音更村から川上村と鹿追村が分かれ、同時に音更村は一級町村制を施行した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  3. 1953年7月1日昭和28年音更村が町制を施行し、音更町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

音更村→音更町1906〜今

参考にした資料