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池田町いけだちょう

池田町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の池田町

北海道東部、十勝総合振興局の中川郡にある町です。十勝川と利別川の合流する一帯に市街があります。畑作は豆類、テンサイ、ばれいしょが中心で、タマネギなどの野菜も増え、肉用牛や酪農も営まれます。ブドウの耐寒性品種を栽培し、町営工場で造られるワインは「十勝ワイン」の名で知られます。清見ヶ丘公園にはカシワの古木があり、町にはワイン城と呼ばれる施設があります。

今の池田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,294人です。今の区域で数えた1980年の11,902人とくらべると47.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.6%です。

6,294人人口(2020年)
−47.1%1980年からの増減
409.9km²面積(概算)
15人/km²人口密度
43.6%65歳以上の割合
11,9021980199020052020
15歳未満 8.3%15〜64歳 48.1%65歳以上 43.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:豆類・テンサイ・ばれいしょなどの畑作と畜産が中心で、町営工場でワインも造られます。

特産品・名産

  • 十勝ワイン町営工場で造られるワイン
  • 小豆畑作で作られる豆類
  • テンサイ畑作の主な作物

見どころ・祭り

  • いけだワイン城池田町ブドウ・ブドウ酒研究所
  • 清見ヶ丘公園樹齢300年を超えるとされるカシワがある
  • 千代田堰堤町内の観光スポット
  • DCTgarden IKEDADreams Come True博物館

木サクラ、カシワ花ツツジ池田町の木・花

池田町のなりたち

池田町(いけだちょう)は、北海道十勝地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに川合村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は中川郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
410km²今の面積

「池田町」という名前

もとは十勝川と利別川の旧合流点一帯で、アイヌ語の「セイオㇿサㇺ」(貝殻のところのそば)と呼ばれ、和人が「凋寒(しぼさむ)」の字を当てていました。1904年(明治37年)に鉄道が開通したとき、池田仲博(徳川慶喜の五男)の池田農場の敷地内に駅ができ、池田駅と名づけられました。村名は凋寒村から川合村になり、1926年(大正15年)の町制施行で池田町になりました。

まちの成り立ち

池田では、1879年(明治12年)に山梨県の武田菊平が利別に来住し、1892年に統内と利別太の両原野に区画が設けられ、1896年に池田侯爵らが農場の経営を始めました。1880年(明治13年)に大津村戸長役場の管轄に入り、1899年(明治32年)5月に凋寒村外13村戸長役場が置かれました。1902年(明治35年)9月には本別外6村戸長役場が分離しています。1904年に釧路と帯広の間の鉄道が開通し、池田農場内に池田停車場が置かれました。1906年(明治39年)4月1日、凋寒・蝶多・十弗・様舞などの村々がまとまって二級町村制を施行し、凋寒村が発足しました。1913年(大正2年)4月1日に川合村と改称し、1919年に一級町村制となりました。1925年には士幌村(今の士幌町)との境界が改められ、字居辺の一部が分けられています。1926年(大正15年)7月1日、川合村は町制を施行して池田町と改称しました。1947年には幕別町との境界変更で新川の地区が分けられました。池田町は畑作と畜産が中心の農業の町で、ブドウの耐寒性品種の栽培もあり、町営工場で「十勝ワイン」が造られています。

年表

  1. 1899年5月明治32年中川郡に凋寒村外13村戸長役場が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1902年9月明治35年凋寒村外13村戸長役場から本別外6村戸長役場が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  3. 1906年4月1日明治39年凋寒・蝶多・十弗・様舞・誓牛・信取・蓋派・居辺の村々がまとまって二級町村制を施行し、凋寒村となった。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1913年4月1日大正2年凋寒村が川合村と改称した。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  5. 1919年4月1日大正8年川合村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  6. 1925年4月大正14年士幌村との境界変更で、字居辺の一部が士幌村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  7. 1926年7月1日大正15年川合村が町制を施行し、池田町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  8. 1933年6月1日昭和8年士幌村との境界変更で、大字居辺の一部(下居辺地区)が士幌村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  9. 1947年12月31日昭和22年幕別町との境界変更で、新川の地区が幕別町に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

川合村→池田町1889〜今

参考にした資料