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幕別町まくべつちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の幕別町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の幕別町

十勝中央部のやや南にあり、西は帯広市に接する町です。北は十勝川、西は札内川が流れ、中央を猿別川と途別川が流れます。札内地区や南幕別地区は畑作と野菜、2006年に合併した忠類地区は酪農が中心です。ナガイモの産地として知られます。パークゴルフが考案された町で、ナウマンゾウの化石が見つかった地でもあります。

今の幕別町の区域の人口は、2020年の国勢調査で25,766人です。今の区域で数えた1980年の22,390人とくらべると15.1%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は33.7%です。

25,766人人口(2020年)
+15.1%1980年からの増減
524.8km²面積(概算)
49人/km²人口密度
33.7%65歳以上の割合
26,8681980199020052020
15歳未満 12.3%15〜64歳 54.0%65歳以上 33.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ナガイモなどの畑作と野菜、忠類地区の酪農が中心です。

特産品・名産

  • 和捻じょ1998年に偶然見つかった毛のないナガイモ
  • 越冬長ねぎ雪の下で冬を越して収穫する長ネギ
  • ユリ根忠類地区で1962年から栽培

見どころ・祭り

  • 忠類ナウマン象記念館ナウマンゾウの化石を展示
  • 十勝ヒルズ町内の観光施設
  • 幕別温泉1977年に国民保養温泉地に指定
  • 明野ケ丘公園スキー場などがある公園
  • 道の駅忠類忠類地区の道の駅

木カシワ花シバザクラ鳥オオハクチョウ幕別町の木・花・鳥

幕別町のなりたち

幕別町(まくべつちょう)は、北海道十勝地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。茂寄村・幕別村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の幕別町になりました。

今の名前「幕別町」は、1920年にあった幕別村の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は中川郡・広尾郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
525km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「幕別町」という名前

「幕別」は、アイヌ語の「マクンベツ」が変化した名で、「山際を流れる川」の意とされています。「マクンペッ」を「後ろ(奥の方・山の方)にある川」とする説もあり、元になった川がどこかは分からなくなっています。もとは町の西端、今の猿別の市街付近の地名で、現在の幕別の市街は止若(やむわっか)と呼ばれていました。1906年(明治39年)に二級町村制が施行されて幕別村となり、役場が止若に移ったため、地名も移りました。

まちの成り立ち

1892年(明治25年)、国安仁七郎らが団体を組織し、二百余名が今の字相川に移住しました。1897年(明治30年)9月1日に幕別外6村戸長役場が猿別に置かれ、1899年(明治32年)5月に凋寒村など2村が分離しています。1905年(明治38年)に釧路線の利別と帯広の間が開通し、止若駅が開設されました。1906年(明治39年)4月1日に二級町村制が施行されて幕別村となり、1919年(大正8年)4月1日に一級町村制へ移りました。1926年(大正15年)には大正村との境界変更で、村の一部が大正村に移りました。戦後の1946年(昭和21年)9月15日に町制を施行して幕別町となり、1947年(昭和22年)には池田町から字新川を編入しました。2006年(平成18年)2月6日には、広尾郡の忠類村を編入しています。忠類村は、茂寄村(のちの広尾村)から1928年(昭和3年)に分かれた大樹村から、さらに1949年(昭和24年)に分かれて設置された村で、ナウマンゾウの化石が1969年(昭和44年)に発見された地域です。幕別町では1978年(昭和53年)にパークゴルフが考案されています。

年表

  1. 1897年2月明治30年当縁郡に歴舟・大樹・当縁の3村を受け持つ戸長役場が置かれた(今の忠類地区)。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1897年9月1日明治30年幕別外6村戸長役場が猿別に置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  3. 1899年5月明治32年幕別外6村戸長役場から凋寒外1村が分かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  4. 1906年4月1日明治39年幕別村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  5. 1906年4月1日明治39年当縁郡が廃止されて広尾郡と十勝郡に分けられ、同じ日に茂岩・歴舟・大樹・当縁の4村が合わさって二級町村制の茂寄村(広尾郡)となった。今の忠類地区はこの茂寄村に含まれた。種類:郡の変更 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  6. 1919年4月1日大正8年幕別村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  7. 1926年4月大正15年大正村との境界変更で、幕別村の大字別奴村と大字幕別村の一部が大正村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  8. 1926年6月1日大正15年広尾郡の茂寄村が名を広尾村と改めた。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  9. 1928年10月1日昭和3年広尾村から旧当縁村の地域(今の忠類地区を含む)が分かれ、大樹村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  10. 1946年9月15日昭和21年幕別村が町制を施行し、幕別町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  11. 1947年12月31日昭和22年池田町との境界変更で、池田町の字新川が幕別町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  12. 1948年4月1日昭和23年更別村・大正村との境界変更で、字勢雄と字弘和の一部がそれぞれの村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  13. 1949年8月20日昭和24年広尾郡大樹村の一部が分かれ、忠類村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  14. 2006年2月6日平成18年広尾郡忠類村が幕別町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  15. 2011年6月1日平成23年更別村との境界が変更された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

幕別村→幕別町1906〜今
忠類村1889〜2006同じ名前の駅:忠類駅
茂寄村1906〜1926

参考にした資料