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南相馬市みなみそうまし

1920年には12の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の南相馬市になりました。

12町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の南相馬市

福島県の浜通り北部にあり、東は太平洋に面する市です。旧原町市・小高町・鹿島町が合わさって生まれ、原町区・小高区・鹿島区の3つの区に分かれています。相馬野馬追で知られ、野馬追のための馬が多く飼われています。2011年の原子力発電所の事故で避難指示が出された小高区などでは、2016年に避難指示が解除されました。

今の南相馬市の区域の人口は、2020年の国勢調査で59,005人です。今の区域で数えた1980年の74,296人とくらべると20.6%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.8%です。

59,005人人口(2020年)
−20.6%1980年からの増減
406.5km²面積(概算)
145人/km²人口密度
36.8%65歳以上の割合
77,8601980199020052020
15歳未満 9.0%15〜64歳 54.2%65歳以上 36.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業が営まれ、ロボット関連の産業づくりも進められています。

見どころ・祭り

  • 相馬野馬追国の重要無形民俗文化財の祭り
  • 大悲山の石仏小高区にある国の史跡
  • 南相馬市博物館原町区にある博物館
  • 大悲山の大スギ県指定の天然記念物
  • 高倉文殊堂806年の建立と伝わる文殊堂

木けやき花さくら鳥ひばり南相馬市の木・花・鳥

南相馬市のなりたち

南相馬市(みなみそうまし)は、福島県相双地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。高平村・原町・大甕村・太田村・上真野村・八沢村・真野村・金房村・福浦村・石神村・鹿島町・小高町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の南相馬市になりました。

今の名前「南相馬市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の石神村が約123km²だったのに対し、今の南相馬市は約406km²と、およそ3.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は相馬郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧鹿島町の区域には鹿島駅(常磐線)があります。旧小高町の区域には小高駅(常磐線)があります。

121920年の町村の数
5回合併・編入の回数
406km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「南相馬市」という名前

南相馬市の名の由来は、はっきりしていません。2006年(平成18年)1月1日に、原町市と相馬郡の小高町・鹿島町が新設合併して南相馬市が発足しました。当初は飯舘村を含めた旧行方郡で合併協議が行われ、新市名の候補には「行方市」も挙がっていました。

まちの成り立ち

福島県の浜通り北部にあり、東は太平洋に面する市です。旧原町市・小高町・鹿島町が合わさってできました。1889年(明治22年)の町村制で、行方郡に原町村・小高村・鹿島村など12の村が発足し、1896年(明治29年)からは相馬郡に属しました。原町村・小高村・鹿島村は、1897年から1898年にかけて町制を施行しています。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)3月20日に原町・高平村・大甕村・太田村が合併して原町市が生まれました。同じ月の31日には、鹿島町と上真野村・八沢村・真野村が合併して新しい鹿島町に、小高町と金房村・福浦村が合併して新しい小高町になりました。1956年(昭和31年)9月30日には、石神村が原町市に編入されています。平成の大合併では、2006年(平成18年)1月1日に、原町市・鹿島町・小高町の1市2町が合併して、南相馬市が発足しました。旧市町の区域は、地域自治区の原町区・小高区・鹿島区になっています。市内では、国の重要無形民俗文化財の相馬野馬追が受け継がれています。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、津波と福島第一原子力発電所の事故の影響を受けました。小高区などの避難指示は、2016年(平成28年)7月12日に解除されました。市内には、福島イノベーション・コースト構想によるロボットテストフィールドが置かれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、行方郡に鹿島村・原町村・小高村・上真野村・八沢村・真野村・高平村・石神村・太田村・大甕村・金房村・福浦村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年宇多郡と行方郡の区域で相馬郡が発足し、鹿島村などは相馬郡に属することになった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1897年9月16日明治30年原町村が町制を施行するとともに改称し、原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1898年1月19日明治31年小高村が町制を施行し、小高町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1898年12月27日明治31年鹿島村が町制を施行し、鹿島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1954年3月20日昭和29年原町・太田村・大甕村・高平村が合併し、原町市が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1954年3月31日昭和29年鹿島町・真野村・上真野村・八沢村が合併し、改めて鹿島町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1954年3月31日昭和29年小高町・金房村・福浦村が合併し、改めて小高町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1956年9月30日昭和31年石神村が原町市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  10. 2006年1月1日平成18年原町市と相馬郡の鹿島町・小高町が合併し、南相馬市が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

南相馬市2006〜今
鹿島町1898〜2006同じ名前の駅:鹿島駅
上真野村1889〜1954
八沢村1889〜1954
真野村1889〜1954
小高町1898〜2006同じ名前の駅:小高駅
金房村1889〜1954
福浦村1889〜1954
原町市1954〜2006
石神村1889〜1956
高平村1889〜1954
原町1897〜1954
大甕村1889〜1954
太田村1889〜1954

参考にした資料