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葛尾村かつらおむら

葛尾村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の葛尾村

福島県浜通りの北部、双葉郡にある村で、阿武隈高地の山あいにあります。村の中心部は標高の高いところにあり、高瀬川や葛尾川が流れます。北東は浪江町、北西は二本松市、南西は田村市と接します。明治の町村制で4つの村が合わさって生まれ、そのまま今に続く村です。2011年の原発事故のあと全域が避難の対象となり、2016年に帰還困難区域を除いて避難指示が解除されました。

今の葛尾村の区域の人口は、2020年の国勢調査で420人です。今の区域で数えた1980年の1,992人とくらべると78.9%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は47.1%です。

420人人口(2020年)
−78.9%1980年からの増減
85.9km²面積(概算)
5人/km²人口密度
47.1%65歳以上の割合
2,0121980199020052020
15歳未満 5.7%15〜64歳 47.1%65歳以上 47.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業などの第一次産業が中心で、再生可能エネルギーを生かした村づくりも進めています。

特産品・名産

  • 凍み餅村の郷土料理。村のキャラクターの題材
  • エゴマ大学と連携して栽培に取り組む作物

見どころ・祭り

  • 高瀬川渓谷渓谷の景色が楽しめる
  • 日山阿武隈山系の二番目に高い峰とされる
  • 五十人山山頂からの眺めがよい山
  • 葛尾大尽屋敷跡公園江戸から明治期の邸宅跡の公園

木アカマツ花ツツジ鳥キジ葛尾村の木・花・鳥

葛尾村のなりたち

葛尾村(かつらおむら)は、福島県相双地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに葛尾村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は双葉郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
86km²今の面積

「葛尾村」という名前

村の名は、1889年(明治22年)の町村制で上野川・野川・落合・葛尾の4か村が合わさったとき、そのひとつの葛尾村の名をとったものです。「葛尾」という地名そのものの由来ははっきりしていません。村は阿武隈高地の山あいにあり、明治から今まで、ほかの町村と合併せずに続いています。

まちの成り立ち

阿武隈高地の山あいにある、双葉郡北部の村です。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、上野川村・野川村・落合村・葛尾村の4か村が合わさり、標葉郡葛尾村が発足しました。このときは隣の津島村と組合村をつくり、役場は津島村に置かれていました。

1896年(明治29年)4月1日に標葉郡と楢葉郡の区域から双葉郡ができ、葛尾村は双葉郡に属しました。1923年(大正12年)3月31日に津島村との組合村が解かれ、葛尾村は単独の村になりました。その後は昭和や平成の合併に加わらず、今に至っています。

2011年(平成23年)3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、村の全域が避難の対象となりました。避難指示は、帰還困難区域を除いて2016年(平成28年)6月12日に解除されました。帰還困難区域のうち特定復興再生拠点区域は、2022年(令和4年)6月12日に解除されています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、上野川村・野川村・落合村・葛尾村の4村が合併し、標葉郡葛尾村が発足した。津島村と組合村をつくった。種類:町村制 出典:www.katsurao.org
  2. 1896年4月1日明治29年標葉郡と楢葉郡の区域から双葉郡が発足し、葛尾村は双葉郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1923年3月31日大正12年津島村との組合村が解かれ、葛尾村が単独の村となった。種類:その他 出典:www.katsurao.org

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

葛尾村1889〜今

参考にした資料