今の桑折町
福島県北部、伊達郡にある町です。北西は半田山を中心とする山地や丘陵で、東と南は阿武隈川が流れる福島盆地に開けています。江戸時代は奥州街道と羽州街道が分かれる要所として栄えました。福島市に近く、市街地は福島都市圏の一部です。果物づくりが盛んで、とくに桃は皇室への献上桃の産地として知られています。
今の桑折町の区域の人口は、2020年の国勢調査で11,459人です。今の区域で数えた1980年の14,901人とくらべると23.1%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.0%です。
主な産業:桃などの果樹栽培が盛んで、福島市に近い住宅地でもあります。
特産品・名産
- 桃「献上桃の郷」として知られる
- 桃「あかつき」1994年から県の献上桃に指定
- 至福の桃シリーズ町の桃を使った加工品
見どころ・祭り
- 旧伊達郡役所国の重要文化財
- 桑折西山城跡伊達氏発祥の地とされる国の史跡
- 半田銀山かつての日本三大鉱山のひとつ
木アカマツ・カヤ花モモ鳥カッコウ桑折町の木・花・鳥
桑折町のなりたち
桑折町(こおりまち)は、福島県県北地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。半田村・伊達崎村・睦合村・桑折町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の桑折町になりました。
今の名前「桑折町」は、1920年にあった桑折町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の桑折町が約3km²だったのに対し、今の桑折町は約44km²と、およそ14.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は伊達郡に属していました。
「桑折町」という名前
「桑折」と書いて「こおり」と読みます。古代にこの地に郡の役所(郡衙)が置かれ、「郡(こおり)」と呼ばれたことが始まりとする説があります。それが「桑折」の字になったのは、養蚕が盛んだったためともいわれます。ただし、どの説が正しいかははっきりしていません。
まちの成り立ち
伊達郡の南部にある町です。江戸時代には奥州街道と羽州街道が分かれる要所で、1686年(貞享3年)に桑折代官陣屋が置かれました。1700年(元禄13年)には白河新田藩主の奥平忠尚が入封しています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、伊達郡桑折村が単独で町制を施行して桑折町となり、まわりには睦合村・半田村・伊達崎村ができました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)1月1日に桑折町・睦合村・伊達崎村・半田村が合併し、改めて桑折町が発足しました。これが今の桑折町です。
町の北西には半田山を中心とする山地があり、かつて半田銀山が栄えました。桑折西山城跡は伊達氏発祥の地とされ、国の史跡です。明治以降は福島市の衛星都市として結びつきを強めてきました。町の東と南は阿武隈川沿いの福島盆地に開けています。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、町内で震度6弱を観測しました。2021年(令和3年)1月には新しい庁舎で業務が始まっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、伊達郡桑折村が単独で町制を施行し、桑折町が発足した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、伊達郡に睦合村・半田村・伊達崎村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年伊達郡の桑折町・睦合村・伊達崎村・半田村が合併し、改めて桑折町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。