今の鬼北町
愛媛県の南西部にある、四万十川の支流・広見川の流域の町です。鬼北盆地とその周りの山地からなり、町域の85%近くを森林が占めます。市街は近永地区に集まっています。国道320号が町を通り、南予と高知県を結ぶ道の結節点になっています。成川渓谷などの自然に恵まれ、2か所の道の駅や温泉、観光農園も整えられています。
今の鬼北町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,682人です。今の区域で数えた1980年の15,602人とくらべると37.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.8%です。
主な産業:稲作と林業が中心です。きじ肉やしいたけ、ゆずなども生産されます。
特産品・名産
- きじ肉鍋まつりも開かれる町の特産品
- しいたけ町の名物・特産品に挙げられる
- ゆずゆずまつりも開かれる町の特産品
見どころ・祭り
- 成川渓谷町の名勝に挙げられる渓谷
- 等妙寺旧境内国の史跡
- 轟甌穴群町の名勝に挙げられる甌穴群
木ひのき花つつじ鬼北町の木・花
鬼北町のなりたち
鬼北町(きほくちょう)は、愛媛県南予の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。愛治村・三島村・好藤村・泉村・旭村・日吉村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の鬼北町になりました。
今の名前「鬼北町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の日吉村が約86km²だったのに対し、今の鬼北町は約234km²と、およそ2.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北宇和郡に属していました。
「鬼北町」という名前
「鬼北」は、南にある鬼ヶ城山系の北側にあたる地域を指す、昔から親しまれてきた地名です。2005年(平成17年)の合併で新しい町が生まれるとき、住民からの公募で「鬼北町」に決まりました。鬼北地方の中心地にふさわしい名とされています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)12月15日の町村制で、現在の町域に好藤村・愛治村・旭村・泉村・三島村・日吉村が生まれました。日吉村は父野川村・上鍵山村・下鍵山村・日向谷村・上大野村の5村が一つになった村で、昭和の大合併のときも合併をしていません。1941年(昭和16年)11月10日には旭村が町制を施行し、近永町となりました。1955年(昭和30年)3月31日、近永町・愛治村・三島村・好藤村・泉村の5町村が合わさって、広見町が発足しました。1958年には大字是延の区域が三間町に移っています。近永は今の町の中心市街にあたり、JR予土線の近永駅や商店街、町役場があります。2005年(平成17年)1月1日、広見町と日吉村の1町1村が新設合併し、鬼北町が誕生しました。町域の8割以上を森林が占める、広見川流域の中山間地域です。農業は稲作が中心で、林業も主な産業です。面積はおよそ242平方キロメートルで、県内でも観光資源に恵まれた鬼北地方の中心の町として、農林業の振興や暮らしの環境づくりに取り組んでいます。
年表
- 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、北宇和郡に好藤村・愛治村・旭村・泉村・三島村・日吉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1941年11月10日昭和16年北宇和郡旭村が町制を施行し、近永町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年3月31日昭和30年北宇和郡の好藤村・愛治村・三島村・泉村・近永町が合併し、広見町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1958年8月1日昭和33年北宇和郡広見町の大字是延の区域が三間町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 2005年1月1日平成17年北宇和郡の広見町と日吉村が合併し、鬼北町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。