今の美郷町
秋田県の南東部、横手盆地の東部にある町です。東側には奥羽山脈の黒森山や真昼岳が連なり、丸子川と支流が六郷扇状地や千屋扇状地をつくっています。町内の各所で地下水が自噴し、六郷の湧水群は名水百選に選ばれました。水を生かした酒造りや食品づくりが行われ、初夏には広いラベンダー園が花を咲かせます。
今の美郷町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,613人です。今の区域で数えた1980年の26,356人とくらべると29.4%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.6%です。
主な産業:水田を中心とする農業と、名水を使った酒造・食品加工です。
特産品・名産
- ニテコサイダー名水で作る町の代表的な飲み物
- 美郷雪華町オリジナルの白いラベンダー。酵母の日本酒も
- 日本酒名水と秋田米で造る酒が古くから盛ん
見どころ・祭り
- 六郷湧水群名水百選に選ばれた湧水
- 美郷町ラベンダー園大台野広場の一角の約2万株のラベンダー
- 秋田諏訪宮町内の神社
- 名水市場湧太郎旧酒蔵を改修した水と酒の多目的施設
- 後三年合戦古戦場後三年の役ゆかりの地
木アカマツ花ラベンダー鳥カリ(雁)美郷町の木・花・鳥
美郷町のなりたち
美郷町(みさとちょう)は、秋田県県南の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。千屋村・畑屋村・飯詰村・金沢西根村・六郷町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の美郷町になりました。
今の名前「美郷町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の千屋村が約73km²だったのに対し、今の美郷町は約176km²と、およそ2.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は仙北郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧飯詰村の区域には飯詰駅(奥羽本線)があります。
「美郷町」という名前
「美郷」という町名は、2004年(平成16年)に六郷町・千畑町・仙南村が合併したときに新しくつけられた名前です。名前を選んだ理由を記した資料は見つからず、くわしいいきさつははっきりしていません。町章はこの合併の日に定められ、ひらがなの「み」を図案にして「希望」「飛躍」「親睦」を表しています。
まちの成り立ち
美郷町は横手盆地の東部にあり、奥羽山脈から流れ出す川が扇状地をつくっています。町のあちこちで地下水がわき出し、六郷の湧水群は名水百選に選ばれました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、仙北郡に六郷村・千屋村・畑屋村・飯詰村・金沢西根村が発足しました。六郷村は1891年(明治24年)7月に町制を施行して六郷町となっています。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月に千屋村と畑屋村が合併して千畑村が生まれました。翌1956年(昭和31年)3月には旧畑屋村の鑓田地区が六郷町に移り、9月には飯詰村と金沢西根村が合併して仙南村が発足しています。仙南村には1958年(昭和33年)に横手市の金沢地区の一部が加わりました。千畑村は1986年(昭和61年)3月に町制を施行して千畑町となります。
2002年(平成14年)から3町村は合併の話し合いを進めました。2004年(平成16年)11月1日、六郷町・千畑町・仙南村が合併して美郷町が発足し、秋田県の平成の大合併の最初の例となりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、仙北郡に六郷村・千屋村・畑屋村・飯詰村・金沢西根村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年7月9日明治24年仙北郡六郷村が町制を施行して六郷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年仙北郡の千屋村と畑屋村が合併して千畑村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
- 1956年3月昭和31年千畑村の一部(旧畑屋村の鑓田)が六郷町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.akita.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年仙北郡の飯詰村と金沢西根村が合併して仙南村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
- 1958年4月22日昭和33年横手市の一部(旧金沢町の北部)が仙南村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1986年3月1日昭和61年仙北郡千畑村が町制を施行して千畑町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.akita.lg.jp
- 2004年11月1日平成16年仙北郡の六郷町・千畑町・仙南村が合併して美郷町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.akita.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。