今の大府市
愛知県の中西部、知多半島の基部にあり、名古屋市の南東に隣接します。市域の大部分はなだらかな丘陵で、東部を境川が、中央部を鞍流瀬川が流れます。丘陵は古代から中世にかけて陶業が盛んだった所で、約100の古窯址が見つかっています。戦後に愛知用水が引かれ、名古屋市などに野菜を供給する近郊農業が広がりました。自動車関連を中心とする工場も多く、「健康都市」を掲げる市です。
今の大府市の区域の人口は、2020年の国勢調査で93,123人です。今の区域で数えた1980年の62,277人とくらべると49.5%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は21.8%です。
主な産業:自動車・機械などの工業。農業はブドウ、野菜など近郊農業。
特産品・名産
- ブドウ2013年産の栽培面積は県内1位。キタサキレッドは北崎町の農園で生まれた品種
- 木の山五寸にんじん愛知県選定「あいちの伝統野菜」
- 知多3号玉ねぎ愛知県選定「あいちの伝統野菜」
- 愛知縮緬かぼちゃ愛知県選定「あいちの伝統野菜」
- 新高梨直径15cm、重さ1kgにもなる大きな梨
見どころ・祭り
- 長草天神社どぶろく祭り毎年2月に開かれる
- 大府の新四国八十八ヶ所霊場1809年に亮山阿闍梨らが開いた新四国霊場
- 円通寺729年に行基が創建したと伝わる
- 吉田第1号窯・第2号窯古代〜中世の古窯跡群の一部
- 大府市の七福神めぐり1月の恒例行事
木クロガネモチ・サクラ花クチナシ・ツツジ大府市の木・花
大府市のなりたち
大府市(おおぶし)は、愛知県尾張地方の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では大府町でした。
1920年の時点で、この区域の町村は知多郡に属していました。
「大府市」という名前
「大府」の名については、応仁の乱の戦火を避けて京都の公家・七津大夫(滝本中納言)が大清水(今の桃山町)付近に移り住み、村を「大夫」と名付けたという言い伝えがあります。この「大夫」がのちに「大府」になったとされますが、伝承の域を出ず、確かな語源はわかっていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、知多郡に大府村・吉田村・森岡村・横根村・北崎村・共和村・長草村が生まれました。1906年(明治39年)5月1日、大府村・吉田村・北崎村・横根村・長草村・共和村と森岡村のうち猪伏が合併して改めて大府村となり、今の市域ができあがります(森岡村の村木は東浦村に加わりました)。1915年(大正4年)11月1日に町制を施行して大府町となり、戦後は愛知用水の通水による近郊農業や、自動車関連の工場進出、宅地造成で発展しました。1970年(昭和45年)9月1日に市制を施行して愛知県で24番目の市・大府市となり、旧村の名は吉田町・共和町・北崎町・長草町・横根町・森岡町などの町名に受け継がれています。昭和・平成の大合併では合併していません。1974年に「健康都市」を市の目標に掲げ、1987年に健康づくり都市宣言をしました。今は東浦町と共同で、医療・福祉の拠点「ウェルネスバレー」づくりを進めています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、知多郡に大府村・吉田村・森岡村・横根村・北崎村・共和村・長草村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1906年5月1日明治39年知多郡の大府村・吉田村・北崎村・横根村・長草村・共和村と森岡村の一部(猪伏)が合併し、改めて大府村が発足した(森岡村の残部の村木は東浦村へ)。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1915年11月1日大正4年大府村が町制を施行し、大府町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1970年9月1日昭和45年大府町が市制を施行し、大府市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。