11915〜1916年
開業
1915年から1916年にかけて、芸備線の約60kmの線路が開業した。三次・吉田口・上川立・志和地・向原などの駅が、このころ開業している。
路線クロニクル
芸備線は、広島市から広島県北部の三次、庄原を通り、岡山県の備中神代へ至るJR西日本の路線である。中国山地を横断して、安芸と備後、備中を結んできた。広島と中国山地の内陸部を結ぶ路線として、いまも沿線の暮らしを支えている。
芸備線の名は、安芸の国(広島)と備後の国(広島県東部)を結ぶ鉄道という意味に由来する。1915年に私鉄の芸備鉄道が広島から北へ向けて開業したのが始まりで、のちに国有化された。備後落合や備中神代へ向かう区間も少しずつ線路がのび、1930年代半ばまでに現在の姿に近づいた。
もともとは、広島の港や都市と、中国山地の内陸部とを結ぶ目的でつくられた。さらに備中神代で伯備線とつながったことで、広島と岡山県の内陸部を行き来する道筋の一つにもなった。塩町で福塩線、備後落合で木次線、備中神代で伯備線と接続し、三次ではかつて三江線(2018年に廃止)とも接続していた。これらの駅は昔から乗り換えの要所として知られている。
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11915〜1916年
1915年から1916年にかけて、芸備線の約60kmの線路が開業した。三次・吉田口・上川立・志和地・向原などの駅が、このころ開業している。
21922〜1930年
1922年から1930年にかけて、約99kmの線路が開業した。神杉・八次・備後庄原・七塚・下和知などの駅が、このころ開業している。
31949年
1949年、国の鉄道は日本国有鉄道(国鉄)となり、この路線も国鉄の線になった。
41987年
1987年4月、国鉄の分割民営化で、この路線はJR西日本の路線となった。
5いま
いまはJR西日本の路線として、地図データの上で約159km、44駅がある。
広島から向原あたりまでは、広島市の通勤や通学に使われる区間である。市街地を出ると、すぐに太田川の流れる谷あいの景色に変わるのが特徴である。
三次から先の庄原、備後落合、東城のあたりは、人家の少ない山あいを走る。冬には雪が積もる地域でもあり、のどかで厳しい自然が車窓に続く。
備後落合は、芸備線と木次線が出会う山あいの駅である。かつては多くの列車が行き交った場所として、鉄道ファンの間でよく知られている。
三次は広島県北部の中心地の一つで、盆地に町が広がる。庄原や東城といった町も、芸備線の沿線に古くから開けてきた。
いまの芸備線は、広島に近い区間と山あいの区間とで、利用の様子が大きく異なる。広島寄りは通学や通勤の列車が比較的多いが、備後落合の周辺など山間部では、列車の本数が少なく、乗る人も限られている。
こうした山間の区間については、利用の少なさから、これからの在り方が地元とJR西日本のあいだで話し合われていると伝えられている。どのような形で残るのかは、今後の動きを見守る必要がある。
地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。
| 1915年ごろ | 57.3 km |
|---|---|
| 1916年ごろ | 2.8 km |
| 1922年ごろ | 7.0 km |
| 1923年ごろ | 16.1 km |
| 1926年ごろ | 7.0 km |
| 1930年ごろ | 68.4 km |
国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。
| 駅 | 開業 | その後 |
|---|---|---|
| 広島 | 1926年 | |
| 矢賀 | 1929年 | |
| 戸坂 | 1916年 | |
| 安芸矢口 | 1915年 | |
| 玖村 | 1916年 | |
| 下深川 | 1915年 | |
| 中深川 | 1923年 | |
| 上深川 | 1929年 | |
| 狩留家 | 1915年 | |
| 白木山 | 1930年 | |
| 中三田 | 1915年 | |
| 上三田 | 1930年 | |
| 志和口 | 1915年 | |
| 井原市 | 1915年 | |
| 向原 | 1915年 | |
| 吉田口 | 1915年 | |
| 甲立 | 1915年 | |
| 上川立 | 1915年 | |
| 志和地 | 1915年 | |
| 西三次 | 1915年 | |
| 三次 | 1915年 | |
| 備後十日市 | 1930年 | 1954年ごろ廃止 |
| 八次 | 1922年 | |
| 神杉 | 1922年 | |
| 塩町 | 1930年 | |
| 下和知 | 1923年 | |
| 山ノ内 | 1924年 | |
| 七塚 | 1923年 | |
| 備後三日市 | 1930年 | |
| 備後庄原 | 1923年 | |
| 高 | 1934年 | |
| 平子 | 1952年 | |
| 備後西城 | 1934年 | |
| 比婆山 | 1935年 | |
| 備後熊野 | 1935年 | 1956年ごろ廃止 |
| 備後落合 | 1935年 | |
| 道後山 | 1936年 | |
| 小奴可 | 1935年 | |
| 内名 | 1955年 | |
| 備後八幡 | 1935年 | |
| 東城 | 1930年 | |
| 野馳 | 1930年 | |
| 矢神 | 1930年 | |
| 市岡 | 1953年 | |
| 坂根 | 1930年 | |
| 備中神代 | 1930年 |
同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。
芸備線は一度に全線が開通したのではなく、区間ごとに順次開業した。開業の年は、駅の所在する区間によって異なる。
線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』