11897年
開業
1897年、宇品線の約6kmの線路が開業した。宇品・広島の駅が、このころ開業している。
路線クロニクル
宇品線は、広島駅から宇品港の近くまでを結んでいた国鉄の路線である。日清戦争のとき、軍の輸送を目的に建設され、のちに旅客営業をやめて貨物線となり、やがて廃止された。港町と市街地を結んだが、路面電車やバスの発達とともに姿を消した。
宇品線は、山陽本線の広島駅から、瀬戸内海に面した宇品の港までの約6kmを結ぶ路線で、日清戦争が始まった1894年に、わずかな期間の工事で開業した。宇品港は、日清戦争や日露戦争のとき、兵士や物資を海外へ送り出す港として使われた。このため、広島駅と宇品港を鉄道でつなぐことが重要とされた。
戦争が終わったあとも、宇品線は貨物や旅客を運んだが、のちに広島市内を走る路面電車やバスが発達すると、利用者は少なくなっていった。
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11897年
1897年、宇品線の約6kmの線路が開業した。宇品・広島の駅が、このころ開業している。
21949年
1949年、国の鉄道は日本国有鉄道(国鉄)となり、この路線も国鉄の線になった。
31966年
1966年、約3kmの区間が廃止された。下大河・大須口・丹那の駅もなくなった。
41972年
1972年、残る約2kmが廃止され、宇品線は姿を消した。皆実町3丁目・広島・南段原・上大河の駅もなくなった。
5廃止のあと
線路の跡は、灰色の点線で描いている。駅の跡や鉄橋などが、いまも沿線に残っていることがある。
広島は、明治時代から軍の拠点が置かれた町であった。宇品線は、その歴史を示す路線の一つである。
広島の街中を通り、南の宇品の港へ向かった。市街地の中を通る短い支線であったため、駅も細かく設けられていた。
同じ宇品へ向かう路線として、広島電鉄の宇品線がある。こちらは路面電車で、いまも走っている。
宇品線は1966年に旅客の営業をやめ、その後は貨物線として残ったが、1972年に宇品寄りの区間が、1986年に残りの区間が廃止されたとされる。広島市の街の発展とともに、路面電車やバスへと移り変わった例である。
廃線跡の一部は、道路や公園などに変わり、一部は面影をとどめているといわれる。広島を訪れたとき、かつての鉄道の道筋をたどってみるのもおもしろい。
地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。
| 1897年ごろ | 5.9 km |
|---|
国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。
| 駅 | 開業 | その後 |
|---|---|---|
| 広島 | 1897年 | 1972年に西日本旅客鉄道へ |
| 南段原 | 1931年 | 1972年ごろ廃止 |
| 上大河 | 1930年 | 1972年ごろ廃止 |
| 大須口 | 1930年 | 1966年ごろ廃止 |
| 下大河 | 1931年 | 1966年ごろ廃止 |
| 丹那 | 1930年 | 1966年ごろ廃止 |
| 宇品 | 1897年 | 1966年ごろ廃止 |
同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。
線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』