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大蔵村おおくらむら

大蔵村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の大蔵村

山形県北部、最上地方の最南端にある村です。南西部は月山の山頂付近に達し、村内を最上川、鳥川、銅山川が流れます。村の役場などは新庄市に近い北端の最上川付近に集まっています。銅山川に沿う国道458号の奥には、国民保養温泉地に指定された肘折温泉があります。山あいの斜面には、日本の棚田百選に選ばれた四ヶ村の棚田が広がります。「日本で最も美しい村連合」に加盟しています。

今の大蔵村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,028人です。今の区域で数えた1980年の5,301人とくらべると42.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.2%です。

3,028人人口(2020年)
−42.9%1980年からの増減
217.9km²面積(概算)
14人/km²人口密度
39.2%65歳以上の割合
5,3011980199020052020
15歳未満 11.1%15〜64歳 49.7%65歳以上 39.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:肘折温泉の観光と、トマトやそばなどの農業が柱です。

特産品・名産

  • トマト村を代表する夏の農産物
  • 手打ちそば湯の台高原などでそばが育つ
  • 地酒村の小屋酒造の酒
  • くじらもち昔から作られてきた郷土のもち菓子

見どころ・祭り

  • 肘折温泉月山のふもとの湯治場。朝市も開かれる
  • 四ヶ村の棚田日本の棚田百選に選ばれた棚田
  • 清水城址最上川左岸に残る清水氏の城跡
  • 地蔵倉縁結びの地として知られる岩場
  • 湯の台高原のそば畑高原に広がるそばの畑

木ブナ花りんどう鳥やまどり大蔵村の木・花・鳥

大蔵村のなりたち

大蔵村(おおくらむら)は、山形県最上地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに大蔵村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は最上郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
218km²今の面積

「大蔵村」という名前

村の名は、1476年から1614年までこの地を治めた清水氏の7代城主、清水大蔵大輔義親の名からとられたといわれます。清水氏は最上氏の一門で、最上川の舟運をおさえて最上地方の南部を治めました。1889年(明治22年)に清水町村・合海町村・南山村・赤松村の4つの村が合わさったとき、この城主にちなんで大蔵村と名づけられ、もとの村の名は大字として残されました。

まちの成り立ち

村の北の端の清水地区は、最上川の舟運の港として栄えた所です。中世には最上氏の一門の清水氏が、港の対岸に清水城を築き、1614年(慶長19年)まで7代138年にわたって最上地方の南部を治めました。江戸時代になって新庄藩が置かれると中心は新庄に移りましたが、清水の河港は舟運がすたれるまでにぎわいました。南部の肘折温泉は古くからの湯治場で、月山への登山口でもあります。

1871年(明治4年)の廃藩置県では新庄県に属し、同じ年のうちに山形県に入りました。1889年(明治22年)の町村制で、4つの村が合わさって大蔵村が発足しました。それからは、ほかの町村と合併せずに今に至っています。

村は地すべりの多い土地でもあり、1974年(昭和49年)には赤松で大きな地すべりが起きました。2020年(令和2年)の豪雨では銅山川があふれ、肘折温泉も被害を受けました。村は「日本で最も美しい村」連合に加わり、棚田や温泉の景観を守っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、最上郡の清水町村・合海町村・南山村・赤松村が合わさって大蔵村が発足した。種類:町村制 出典:www.vill.ohkura.yamagata.jp
  2. 1989年4月1日平成元年最上郡大蔵村の一部が舟形町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.yamagata.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

大蔵村1889〜今

参考にした資料