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広川町ひろがわちょう

1920年には3の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の広川町になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の広川町

有田郡の南端にあり、中央を広川が流れて紀伊水道へ注ぐ町です。海岸には砂浜や岩礁、沖の島々があり、川沿いにはみかんの果樹園、東の山間には津木の集落が広がります。広村堤防や高台の社寺、避難を考えて整えられた町の通りが、津波と復興の記憶を伝えています。広川の流域で育つ農産物と沿岸の漁業、防災の歴史を受け継ぐ町並みが、地域の風景をつくっています。

今の広川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,781人です。今の区域で数えた1980年の9,178人とくらべると26.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.7%です。

6,781人人口(2020年)
−26.1%1980年からの増減
65.35km²面積(国土地理院)
104人/km²人口密度
35.7%65歳以上の割合
9,1781980199020052020
15歳未満 12.1%15〜64歳 52.1%65歳以上 35.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:温州みかんなどの果樹栽培を中心に、沿岸の漁業や山間の農林業が営まれています。

特産品・名産

  • 有田みかん町の農業の中心となる温州みかん
  • キウイ町内で栽培される果実
  • ぶどう柑橘とともに育つ町の農産物

見どころ・祭り

  • 広村堤防濱口梧陵が復興のため築いた土の堤防
  • 広八幡神社安政津波の避難場所となった高台の神社
  • 御風楼避難機能も備えた木造三階建ての楼閣

木アラカシ花ササユリ広川町の木・花

広川町のなりたち

広川町(ひろがわちょう)は、和歌山県紀中地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。広村・南広村・津木村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の広川町になりました。

今の名前「広川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の津木村が約42km²だったのに対し、今の広川町は約64km²と、およそ1.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は有田郡に属していました。

31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
65km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「広川町」という名前

広川町の名は、町の中央を流れて海へ注ぐ広川から採られました。1955年に合併した広町・南広村・津木村の三町村を、この川が流れていたためです。海沿いの広、果樹園が広がる南広、山あいの津木を結ぶ川の名前が、新しい町の名になりました。町内には、中世の荘園である広庄から続く歴史があり、川と海、熊野へ向かう道が地域の暮らしをつないできました。

まちの成り立ち

広川町は、海岸の広地域から広川沿いの南広地域、山間の津木地域へ広がっています。中世には広庄と呼ばれ、熊野参詣の往来でにぎわいました。江戸時代には、江戸と大坂を結ぶ廻船の港と熊野路の要所として栄えました。

1889年の町村再編で、広村・南広村・津木村の三村ができました。広村は1950年に町制を施行し、広町となりました。1955年4月1日、有田郡の広町・南広村・津木村が新設合併し、広川町が発足しました。海岸の町と川沿いの農村、山の集落が一つの町にまとまりました。

町には、1854年の安政津波からの復興を伝える場所が残っています。津波を察知した濱口梧陵は、稲むらに火をつけ、高台へ逃げる人々の明かりとしました。その後、私財を投じて広村堤防を築き、被災した人々に仕事を提供して生活の再建を支えました。堤防や町の通り、高台の寺社は、避難と復興の歴史を伝えています。

広川沿いでは、江戸時代からみかんの栽培が行われ、今も農業の中心となっています。海岸部の漁業と山間の農林業も地域を支えてきました。広村堤防や広八幡神社、御風楼などを通じ、町づくりと防災の文化が受け継がれています。

年表

  1. 1889年有田郡の広・和田の各村が合併し、広村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.hirogawa.wakayama.jp
  2. 1889年有田郡の唐尾・西広・山本(池ノ上を含む)・上中野・南金屋・殿・井関・河瀬・柳瀬・東中・名島の地域が合併し、南広村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.hirogawa.wakayama.jp
  3. 1889年有田郡の前田・下津木・上津木の各村が合併し、津木村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.hirogawa.wakayama.jp
  4. 1950年有田郡広村が町制を施行し、広町となった。種類:町制施行 出典:www.town.hirogawa.wakayama.jp
  5. 1955年4月1日昭和30年有田郡の広町・南広村・津木村が合併し、広川町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.town.hirogawa.wakayama.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

広川町1955〜今
広村→広町1889〜1955
南広村1889〜1955
津木村1889〜1955

参考にした資料