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紀美野町きみのちょう

1920年には9の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の紀美野町になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の紀美野町

和歌山県北部の山あいに広がる町です。中央を貴志川が流れ、川沿いの集落と山の斜面の果樹園が町の風景をつくっています。南には長峰山系が連なり、生石高原にはススキの草原が広がります。野上八幡宮や十三神社など、地域の歴史を伝える社寺も残っています。家庭用品のものづくりと柿・みかん・山椒などの栽培が続き、みさと天文台では山あいの夜空を観察できます。

今の紀美野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,256人です。今の区域で数えた1980年の15,625人とくらべると47.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.6%です。

8,256人人口(2020年)
−47.2%1980年からの増減
128.34km²面積(国土地理院)
64人/km²人口密度
48.6%65歳以上の割合
15,6251980199020052020
15歳未満 7.1%15〜64歳 44.4%65歳以上 48.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:家庭用品の製造と、柿・みかん・山椒などの農業、林業が営まれています。

特産品・名産

  • 棕櫚製品縄やたわしづくりから続くものづくり
  • 柿山の斜面で栽培される果実
  • 山椒美里地域などで栽培される作物

見どころ・祭り

  • 生石高原ススキの草原が広がる県立自然公園
  • みさと天文台山あいで星空を観察する天文台
  • 野上八幡宮野上荘の歴史を伝える神社
  • 十三神社古くからの文化財を伝える社寺

木カヤ花さくら鳥セグロセキレイ紀美野町の木・花・鳥

紀美野町のなりたち

紀美野町(きみのちょう)は、和歌山県紀北地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。志賀野村・東野上村・小川村・長谷毛原村・真国村・猿川村・上神野村・下神野村・細野村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の紀美野町になりました。

今の名前「紀美野町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の長谷毛原村が約27km²だったのに対し、今の紀美野町は約125km²と、およそ4.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は海草郡・那賀郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、那賀郡は2006年(平成18年)4月1日に廃止されました。

91920年の町村の数
2回合併・編入の回数
128km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「紀美野町」という名前

紀美野町の名は、紀州の「紀」、美里町の「美」、野上町の「野」を合わせたものです。2006年の合併で生まれた町に、地域の名と二つの旧町の名を受け継ぎました。「きみの」という響きには、「君の町」「私の町」「みんなの町」という思いも込められています。町を訪れる人も含めて、より良いまちをつくり、美しい自然とふるさとを大切にする願いを表しています。

まちの成り立ち

貴志川と山々に沿って広がる紀美野町には、野上と美里という二つの地域の歴史があります。野上地域は、中世に石清水八幡宮の所領である野上荘として栄え、野上八幡宮を中心に歩んできました。江戸時代には紀州徳川家の領地となりました。美里地域には神野・真国などの荘園があり、のちに国吉・長谷毛原の地域とともに高野山の領地となりました。神社や寺院には、そうした時代の文化が伝えられています。

昭和の大合併では、1955年4月に東野上町・小川村・志賀野村がまとまり、野上町となりました。同年6月には下神野村・上神野村・国吉村・長谷毛原村・真国村が合併して美里町ができました。1957年には細野村の四郷・円明寺・勝谷地区も美里町に加わりました。

半世紀後の2006年1月1日、海草郡の野上町と美里町が新設合併し、紀美野町が発足しました。野上地域では、棕櫚を使う縄やたわしなどの製造から家庭用品産業が育ちました。美里地域では柿や山椒などの栽培が続き、みさと天文台は星空を観察する場所として親しまれています。生石高原や川沿いの集落、各地の社寺が、山と暮らしてきた町の姿を今に伝えています。

年表

  1. 1889年町村制の施行により、那賀郡に東野上村・小川村・志賀野村・下神野村・上神野村・猿川村・長谷毛原村・真国村・細野村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.kimino.wakayama.jp
  2. 1955年4月昭和30年海草郡の東野上町・小川村・志賀野村がまとまり、野上町となった。種類:その他 出典:www.town.kimino.wakayama.jp
  3. 1955年6月昭和30年海草郡の下神野村・上神野村・国吉村・長谷毛原村・真国村が合併し、美里町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.town.kimino.wakayama.jp
  4. 1957年8月昭和32年細野村の一部である四郷・円明寺・勝谷地区が、海草郡美里町に編入された。種類:一部編入 出典:www.town.kimino.wakayama.jp
  5. 2006年1月1日平成18年海草郡の野上町・美里町が合併し、紀美野町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.town.kimino.wakayama.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

紀美野町2006〜今
美里町1955〜2006
細野村1889〜1957
長谷毛原村1889〜1955
真国村1889〜1955
猿川村1889〜1955
上神野村1889〜1955
下神野村1889〜1955
野上町1955〜2006
東野上村→東野上町1889〜1955
小川村1889〜1955
志賀野村1889〜1955

参考にした資料