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那智勝浦町なちかつうらちょう

1920年には7の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の那智勝浦町になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の那智勝浦町

紀伊半島の南東部、熊野灘に面する町です。那智山の門前町と、温泉や漁業で発展した勝浦の港町を中心に、山間の色川や太田川流域の農村が広がります。那智の滝や熊野那智大社、青岸渡寺、大門坂など、熊野信仰を伝える場所が点在しています。勝浦漁港では生まぐろが水揚げされ、勝浦では温泉を生かした観光も行われています。色川茶や太田地域のイチゴなど、山と川を生かした農産物も作られています。

今の那智勝浦町の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,137人です。今の区域で数えた1980年の23,006人とくらべると38.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.9%です。

14,137人人口(2020年)
−38.6%1980年からの増減
183.3km²面積(国土地理院)
77人/km²人口密度
43.9%65歳以上の割合
23,0061980199020052020
15歳未満 9.6%15〜64歳 46.5%65歳以上 43.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:マグロなどの漁業、温泉や熊野の歴史を生かした観光、茶やイチゴの農業が行われています。

特産品・名産

  • 生まぐろ勝浦漁港に水揚げされるマグロ
  • 色川茶山間の色川地域で栽培される茶
  • くろしお苺太田地域で栽培し協同出荷する苺

見どころ・祭り

  • 那智の滝飛瀧神社の御神体として崇められる滝
  • 熊野那智大社那智山に鎮座する熊野三山の一社
  • 那智山青岸渡寺西国三十三所観音霊場の第一番札所
  • 大門坂那智山へ向かう熊野古道の石畳道

木かし花つつじ那智勝浦町の木・花

那智勝浦町のなりたち

那智勝浦町(なちかつうらちょう)は、和歌山県紀南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。上太田村・下太田村・色川村・那智村・宇久井村・勝浦町・下里村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の那智勝浦町になりました。

今の名前「那智勝浦町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の色川村が約74km²だったのに対し、今の那智勝浦町は約177km²と、およそ2.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は東牟婁郡に属していました。

71920年の町村の数
3回合併・編入の回数
183km²今の面積
1960年いちばん新しい合併

「那智勝浦町」という名前

町名は、1955年(昭和30年)の合併に参加した那智町と勝浦町の名前を合わせたものです。「那智」は、中世の荘園である那智荘の名に由来します。「勝浦」には、湾に葛のつるのように突き出した半島を「迦都宇良(かつうら)」と呼んだことに由来するという説があります。那智山の門前町と、温泉や漁業で栄えた港町の名が、現在の町名に受け継がれています。

まちの成り立ち

那智勝浦町の地域は、熊野への参詣と海の仕事に支えられてきました。那智山には熊野那智大社と青岸渡寺があり、那智の滝は信仰の対象となってきました。中世には那智荘の村々が那智山の社領となり、江戸時代には色川の一部が和歌山藩に、ほかの地域が和歌山藩の新宮領に属していました。

1889年(明治22年)の町村制で、東牟婁郡に勝浦村・那智村・宇久井村・色川村・上太田村・下太田村・下里村の七村が発足しました。1908年(明治41年)には勝浦村が、1925年(大正14年)には下里村が町となりました。1934年(昭和9年)には那智村が町制を施行し、那智町となりました。1943年(昭和18年)には上太田村と下太田村が合併し、太田村が発足しました。

1955年(昭和30年)4月1日、那智町・勝浦町・宇久井村・色川村の四町村が合併し、那智勝浦町が誕生しました。1960年(昭和35年)1月11日には下里町と太田村を編入し、現在の町域となりました。山間の色川では茶の栽培、太田川の流れる太田ではイチゴ栽培、勝浦ではマグロ漁業が行われています。信仰の山、港、農村という異なる地域の歩みが、一つの町に受け継がれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東牟婁郡に勝浦村・那智村・宇久井村・色川村・上太田村・下太田村・下里村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1908年5月1日明治41年東牟婁郡勝浦村が町制を施行し、勝浦町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1925年4月1日大正14年東牟婁郡下里村が町制を施行し、下里町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1934年8月1日昭和9年東牟婁郡那智村が町制を施行し、那智町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1943年2月11日昭和18年東牟婁郡の上太田村・下太田村が合併し、太田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1955年4月1日昭和30年東牟婁郡の那智町・勝浦町・宇久井村・色川村が合併し、那智勝浦町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1960年1月11日昭和35年東牟婁郡の下里町・太田村が同郡那智勝浦町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

那智勝浦町1955〜今
下里村→下里町1889〜1960
太田村1943〜1960
上太田村1889〜1943
下太田村1889〜1943
色川村1889〜1955
那智村→那智町1889〜1955
宇久井村1889〜1955
勝浦町1908〜1955

参考にした資料