今の日高川町
和歌山県のほぼ中央にあり、日高川の流域に広がる町です。東西に蛇行する川に沿って、西側の平野から山間部へと地形が変化します。町の多くを森林が占め、温暖な気候と豊かな水を生かして柑橘類や野菜が作られています。山間では林業と紀州備長炭の生産が続きます。道成寺や地域の祭礼、温泉、川辺のキャンプ場など、歴史と自然に触れる場所が点在しています。
今の日高川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,219人です。今の区域で数えた1980年の12,274人とくらべると24.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.8%です。
主な産業:柑橘類や野菜の農業、紀州材と紀州備長炭の林業、自然を生かした観光が行われています。
特産品・名産
- 温州みかん温暖な気候のもとで栽培される柑橘
- 紀州備長炭ウバメガシを原木とする伝統の白炭
- ウスイエンドウ町で盛んに栽培される野菜
見どころ・祭り
- 道成寺安珍清姫伝説で知られる寺院
- みやまの里藤棚ロード山の斜面に沿って藤棚が続く
- かわべ天文公園星空観察や天文に触れる施設
- 鳴滝キャンプ場自然の中で過ごすキャンプ施設
木うばめがし花ふじ鳥うぐいす日高川町の木・花・鳥
日高川町のなりたち
日高川町(ひだかがわちょう)は、和歌山県紀中地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。早蘇村・矢田村・丹生村・寒川村・川上村・船着村・川中村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の日高川町になりました。
今の名前「日高川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の川上村が約88km²だったのに対し、今の日高川町は約323km²と、およそ3.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は日高郡に属していました。
「日高川町」という名前
町名は、川辺町・中津村・美山村の三町村に共通する川である「日高川」から付けられました。日高川は地域の自然や文化、歴史を育んできた川で、町の場所を思い浮かべやすい名前として選ばれました。2004年(平成16年)3月4日の合併協議会で新町名が確認され、翌年の合併により日高川町が誕生しました。
まちの成り立ち
昭和の大合併で、日高川の流域には三つの町村が生まれました。1955年(昭和30年)1月、日高郡の丹生村・矢田村・早蘇村が合併して川辺町となりました。1956年(昭和31年)3月には川上村・寒川村が合併して美山村が、同年8月には船着村・川中村が合併して中津村が誕生しました。1962年(昭和37年)4月には、中津村の藤野川地区が川辺町へ移りました。
平成の大合併に向けては、2001年(平成13年)に日高地方の市町村による合併研究会が設置されました。川辺町・中津村・美山村は2002年(平成14年)10月に合併準備会を設け、翌月には任意の合併協議会を発足させました。2003年(平成15年)3月には法定の合併協議会が設置され、住民へのアンケートを踏まえながら協議が進められました。
2004年(平成16年)には新町名と合併期日が確認され、11月に三町村が合併協定書へ調印しました。三町村の議会と県議会の議決を経て、2005年(平成17年)5月1日に日高川町が誕生しました。西側の平野から山間部まで、川に沿って広がる町となりました。道成寺や丹生神社の笑い祭、寒川祭など、各地域の歴史や祭礼が受け継がれています。
年表
- 1955年1月昭和30年日高郡の丹生村・矢田村・早蘇村が合併し、川辺町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.hidakagawa.lg.jp
- 1956年3月昭和31年日高郡の川上村・寒川村が合併し、美山村が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.hidakagawa.lg.jp
- 1956年8月昭和31年日高郡の船着村・川中村が合併し、中津村が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.hidakagawa.lg.jp
- 1962年4月昭和37年日高郡中津村の藤野川地区が同郡川辺町に編入された。種類:一部編入 出典:www.town.hidakagawa.lg.jp
- 2005年5月1日平成17年日高郡の川辺町・中津村・美山村が合併し、日高川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.hidakagawa.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。