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檜原村ひのはらむら

檜原村がたどってきた合併の歴史です。

1町村から

今の檜原村

東京都の西端、北秋川と南秋川の源流域にある村です。山地に囲まれ、集落は川沿いの谷に点在しています。東側はあきる野市へ開け、南側では神奈川県と山梨県に接します。島しょ部を除く東京都で唯一の村で、森林と清流が暮らしの身近にあります。払沢の滝や神戸岩、都民の森を訪れる人も多く、数馬地区には温泉や宿泊施設が集まっています。

今の檜原村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,003人です。今の区域で数えた1980年の4,230人とくらべると52.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は53.0%です。

2,003人人口(2020年)
−52.6%1980年からの増減
105.41km²面積(国土地理院)
19人/km²人口密度
53.0%65歳以上の割合
4,2301980199020052020
15歳未満 6.6%15〜64歳 40.4%65歳以上 53.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:林業、ジャガイモなどの農業、山や滝、温泉を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • ジャガイモ山村で栽培される農産物
  • コンニャク村の特産として親しまれる食品
  • ひのはら漬村で作られる漬物

見どころ・祭り

  • 払沢の滝秋川の支流にかかる滝
  • 神戸岩川沿いにそびえる大きな岩壁
  • 東京都檜原都民の森三頭山周辺に広がる森林施設
  • 数馬の湯数馬地区にある温泉施設

木ヒノキ花ヤマブキ鳥ウグイス檜原村の木・花・鳥

檜原村のなりたち

檜原村(ひのはらむら)は、東京都多摩地域の村です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では檜原村でした。

1920年の時点で、この区域の町村は西多摩郡に属していました。

11920年の町村の数
1回合併・編入の回数
105km²今の面積
1893年いちばん新しい合併

「檜原村」という名前

檜原村は、1889年に町村制が施行されたときから同じ村名を使っています。名称は、それ以前からこの山あいの地域にあった檜原という地名を引き継いだものです。ただし、地名そのものが生まれた詳しい経緯ははっきりしていません。村内を流れる北秋川と南秋川の谷には古くから集落が点在し、村名を保ったまま、昭和・平成の合併期を過ごしました。

まちの成り立ち

檜原村は、北秋川と南秋川の谷あいに集落が点在する山村です。江戸時代には甲州へ通じる道が通り、山林の木材や炭を生産する暮らしが営まれていました。急な斜面と谷に沿って集落が分かれ、山道や川沿いの道で結ばれてきました。

1889年4月1日、町村制の施行によって神奈川県西多摩郡檜原村が発足しました。周辺の多くの村がいくつもの旧村をまとめて新しい自治体をつくる中、檜原では従来の区域を引き継いで村が置かれました。1893年4月1日、西多摩・南多摩・北多摩の三郡が東京府へ移され、檜原村も東京府に属するようになります。1943年の都制施行後は東京都の村となりました。

昭和の大合併では周囲に奥多摩町などが生まれましたが、檜原村は合併せずに続きました。1964年に由木村が八王子市へ編入されると、島しょ部を除く東京都で唯一の村となりました。平成の大合併でも単独の村を保っています。

立村以来、村の名称と区域を変えずに続く点が檜原の歩みの特徴です。数馬や人里などの集落では山に囲まれた暮らしが受け継がれ、今は林業や農業に加え、払沢の滝、都民の森、温泉などを生かした観光が村を支えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、神奈川県西多摩郡檜原村が発足した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
  2. 1893年4月1日明治26年西多摩郡檜原村が神奈川県から東京府に移管された。種類:県境を越えた編入 出典:www.tokyo-mayors.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

檜原村1889〜今

参考にした資料