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日の出町ひのでまち

1920年には2の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の日の出町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の日の出町

東京都の西部、平井川の流域に広がる町です。西側は日の出山へ続く山地で、大久野地区の谷あいに集落や山林が分布します。東側の平井地区には丘陵と平地があり、住宅地や商業施設、工場が集まります。町内には鉄道駅がなく、周辺の五日市線の駅からバスなどで結ばれています。林業や卒塔婆づくりとともに、農産物の栽培や山歩き、温泉を生かした観光も行われています。

今の日の出町の区域の人口は、2020年の国勢調査で16,958人です。今の区域で数えた1980年の13,854人とくらべると22.4%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は38.8%です。

16,958人人口(2020年)
+22.4%1980年からの増減
28.07km²面積(国土地理院)
604人/km²人口密度
38.8%65歳以上の割合
17,4461980199020052020
15歳未満 13.2%15〜64歳 48.0%65歳以上 38.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:卒塔婆製造、建材関連の工業、農林業、商業、温泉や山を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • トマト町内で栽培される農産物
  • シイタケ町の山間部で生産されるきのこ
  • ブルーベリー町内で栽培される果実

見どころ・祭り

  • 日の出山町名の由来となった山
  • 日の出山荘1983年の日米首脳会談が行われた場所
  • 生涯青春の湯つるつる温泉大久野地区にある温泉施設
  • 大久野のフジ大久野地区に育つフジの古木

木モミ花フジ、サクラ鳥ウグイス日の出町の木・花・鳥

日の出町のなりたち

日の出町(ひのでまち)は、東京都多摩地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。大久野村・平井村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の日の出町になりました。

今の名前「日の出町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

1920年の時点で、この区域の町村は西多摩郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大久野村の区域には大久野駅(五日市線)があります。

21920年の町村の数
2回合併・編入の回数
28km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「日の出町」という名前

日の出町の名は、町の西にそびえる日の出山にちなみます。1955年に平井村と大久野村が合併した際、東京都総務局長の細田義安が、日の出の勢いで成長するようにとの願いを込めて「日の出村」と名付けました。旧村名を組み合わせた名ではなく、地域を代表する山の名を選んだものです。1974年の町制施行でも名を引き継ぎ、日の出町となりました。

まちの成り立ち

日の出町は、平井川沿いの平井地区と、その上流の大久野地区から成る町です。1889年4月1日の町村制施行で、神奈川県西多摩郡に平井村と大久野村が発足しました。1893年には三多摩が東京府へ移管され、両村も東京府に属するようになりました。

大久野では山林の仕事や石灰石の採掘が営まれ、勝峰山のふもとにはセメント工場が設けられました。1920年代に五日市鉄道が延びると、人や製品の輸送も変わっていきます。一方、平井の丘陵や平地には農地と集落が広がり、平井川を通じて二つの地域が結ばれていました。

昭和の大合併期の1955年6月1日、平井村と大久野村が合併して日の出村が生まれました。1974年6月1日には町制を施行し、日の出町となっています。平井・大久野という名は今も大字や学校名に残り、町の東西それぞれの地域を表しています。

山の側では林業や卒塔婆づくりが続き、平井側では住宅地や商業施設、工業の拠点が広がりました。1983年には大久野の日の出山荘で中曽根康弘首相とレーガン米大統領の会談が行われました。合併後も山と平地の異なる暮らしを合わせ、一つの町として歩んでいます。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、神奈川県西多摩郡に平井村・大久野村が発足した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
  2. 1893年4月1日明治26年西多摩郡平井村・大久野村が神奈川県から東京府に移管された。種類:県境を越えた編入 出典:www.tokyo-mayors.jp
  3. 1921年4月1日大正10年西多摩郡平井村が菅生村・瀬戸岡村・草花村・原小宮村との組合から独立し、村役場を設置した。種類:その他 出典:www.tokyo-mayors.jp
  4. 1955年6月1日昭和30年西多摩郡平井村・大久野村が合併し、日の出村が生まれた。種類:新設合併 出典:tokyo-atv.gr.jp
  5. 1974年6月1日昭和49年西多摩郡日の出村が町制を施行し、日の出町となった。種類:町制施行 出典:tokyo-atv.gr.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

日の出村→日の出町1955〜今
大久野村1889〜1955同じ名前の駅:大久野駅
平井村1889〜1955

参考にした資料