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下野市しもつけし

1920年には5の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の下野市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の下野市

栃木県南部、平野と台地に広がるまちです。石橋・国分寺・南河内の三地域からなり、宇都宮線沿いの市街地や住宅地と田畑が近接しています。市内には下野国分寺跡や下野薬師寺跡があり、古代の仏教文化を伝えています。自治医科大学と附属病院が立地し、医療に関わる機能も集まっています。ユウガオから作るかんぴょうは地域の特産品です。歴史のある農村と、鉄道沿線の住宅地、医療の拠点が一つの市域にあります。

今の下野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で59,507人です。今の区域で数えた1980年の43,641人とくらべると36.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.3%です。

59,507人人口(2020年)
+36.4%1980年からの増減
74.9km²面積(概算)
794人/km²人口密度
26.3%65歳以上の割合
59,5071980199020052020
15歳未満 12.4%15〜64歳 61.4%65歳以上 26.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:かんぴょうなどの農業が盛んで、住宅地や医療・教育施設も集まっています。

特産品・名産

  • かんぴょうユウガオの実を細くむいて乾燥させた食品。
  • ちぢみほうれんそう冬の寒さを生かして育てる特産野菜。
  • カンピくんコロッケ市内産のかんぴょうを具に使った認定品。

見どころ・祭り

  • 下野薬師寺跡古代の戒壇を置いた寺院の跡。
  • 天平の丘公園桜が植えられ、花まつりが開かれる公園。
  • グリムの森・グリムの館グリム童話を題材とする施設と森。

木ケヤキ花ユウガオ鳥ウグイス下野市の木・花・鳥

下野市のなりたち

下野市(しもつけし)は、栃木県県南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。姿村・薬師寺村・吉田村・石橋町・国分寺村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の下野市になりました。

今の名前「下野市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の国分寺村が約21km²だったのに対し、今の下野市は約75km²と、およそ3.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は下都賀郡・河内郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧石橋町の区域には石橋駅(東北本線)があります。

51920年の町村の数
3回合併・編入の回数
75km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「下野市」という名前

下野市の名前は、かつてこの地域を含んでいた下野国の名に由来します。読みは「しもつけ」です。市内には下野国分寺跡や下野薬師寺跡があり、古代の仏教文化と深い関わりを持つ地域です。2006年に南河内町・石橋町・国分寺町が合併した際、新しい市の名前として下野が採用されました。旧三町の名前を連ねるのではなく、地域の歴史に結び付いた名前を市全体に用いています。

まちの成り立ち

下野市は、南河内町・石橋町・国分寺町の三つの系譜を合わせたまちです。1889年には姿村・国分寺村・薬師寺村・吉田村が発足しました。石橋町は最初から独立した町だったのではなく、1891年に姿村が分かれて生まれた町です。残った区域も姿村の名を使い続けました。

昭和の大合併では、1954年に国分寺村が町制を施行し、国分寺小金井町となりました。同じ月に国分寺町へ改称しています。国分寺の名は、地域に残る古代の寺院跡と結び付いています。同年11月には石橋町と姿村が新設合併し、新たな石橋町になりました。姿村から分かれた町と村が、再び一つの自治体にまとまった形です。

一方、河内郡の薬師寺村と吉田村は1955年に合併して南河内村となり、1971年に南河内町へ移行しました。河内郡の南河内町と、下都賀郡の石橋町・国分寺町は2006年に新設合併し、下野市が生まれました。市内を通る宇都宮線には石橋・自治医大・小金井の三駅があり、沿線に住宅地が広がっています。古代の寺院跡が残る地域に、昭和にまとまった三町の歴史が重なっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、姿村・国分寺村・薬師寺村・吉田村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  2. 1891年9月15日明治24年姿村が分かれ、石橋町と新たな姿村が生まれた。種類:分割 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  3. 1950年5月22日昭和25年姿村の一部が雀宮村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  4. 1954年4月1日昭和29年国分寺村が町制を施行し、国分寺小金井町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  5. 1954年4月29日昭和29年国分寺小金井町が国分寺町に改称された。種類:改称 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  6. 1954年11月3日昭和29年石橋町と姿村が合併し、新たな石橋町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  7. 1955年4月29日昭和30年薬師寺村と吉田村が合併し、南河内村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  8. 1971年4月1日昭和46年南河内村が町制を施行し、南河内町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  9. 2006年1月10日平成18年南河内町・石橋町・国分寺町が合併し、市制を施行して下野市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.tochigi.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

下野市2006〜今
石橋町1891〜2006同じ名前の駅:石橋駅
姿村1889〜1954
国分寺村→国分寺町1889〜2006
南河内村→南河内町1955〜2006
薬師寺村1889〜1955
吉田村1889〜1955

参考にした資料