今の壬生町
栃木県南部、黒川や思川の流域にあるまちです。旧城下町の市街地と、稲葉や南犬飼の農村地域が町を構成しています。東武宇都宮線が町内を通り、おもちゃのまち駅周辺には玩具の工業団地や住宅地があります。獨協医科大学と病院も立地しています。壬生町おもちゃ博物館などには、地域と玩具産業の関わりが表れています。城下町の歴史、周辺の農村、工業や医療の機能が重なったまちです。
今の壬生町の区域の人口は、2020年の国勢調査で39,474人です。今の区域で数えた1980年の35,037人とくらべると12.7%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.6%です。
主な産業:玩具に関わる工業と、かんぴょうなどの農業が営まれています。
特産品・名産
- かんぴょうユウガオを加工した、町で生産が盛んな食品。
- いちご町内で栽培され、摘み取りも行われる果実。
- 壬生菜町が生産・販売・消費を推進する葉物野菜。
見どころ・祭り
- 壬生町おもちゃ博物館玩具の展示や鉄道模型の部屋がある施設。
- とちぎわんぱく公園花や遊びの施設を備える県営公園。
- 道の駅みぶ農産物直売所などがあるハイウェイオアシス。
木エノキ花ユウガオ鳥ヒバリ壬生町の木・花・鳥
壬生町のなりたち
壬生町(みぶまち)は、栃木県県南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。稲葉村・南犬飼村・壬生町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の壬生町になりました。
今の名前「壬生町」は、1920年にあった壬生町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の壬生町が約19km²だったのに対し、今の壬生町は約61km²と、およそ3.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は下都賀郡に属していました。
「壬生町」という名前
壬生町の名は、昭和の合併前からあった壬生町に由来します。城下町として使われてきた壬生という地名の詳しい語源は、はっきりしていません。1889年の町村制でも町名として引き継がれ、1954年に稲葉村と新設合併した際も同じ名前を採用しました。旧城下町の市街地に、稲葉の農村地域を合わせた町となりました。翌年に南犬飼村を編入してからも、壬生町の名は続いています。
まちの成り立ち
壬生は、城下町の中心部と、その周囲の農村がまとまったまちです。1889年の町村制では壬生町・稲葉村・南犬飼村が発足しました。壬生町は壬生町と藤井村の区域をまとめ、稲葉村は上稲葉・下稲葉など、南犬飼村は安塚・北小林・国谷などの集落をまとめていました。
昭和の大合併では、1954年11月に壬生町と稲葉村が新設合併し、改めて壬生町が生まれました。城下町として栄えた旧町の中心部と、上稲葉・下稲葉などの農村が一つの町になりました。町名は壬生の名を受け継ぎ、地域にはかんぴょうの生産が広がっています。翌1955年7月には南犬飼村を編入しました。安塚や北小林、国谷などの地域が町の区域に加わりました。
現在の町は、明治にまとまった三つの町村の区域を引き継いでいます。その後は玩具の工業団地や医科大学の立地によって町の姿が変わりましたが、平成の大合併では新たな合併を行っていません。おもちゃのまちには玩具の工業団地があり、おもちゃ博物館も建てられています。稲葉の農村や壬生の市街地とともに、町の暮らしを支えています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、壬生町・稲葉村・南犬飼村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
- 1954年11月3日昭和29年壬生町と稲葉村が合併し、新たな壬生町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
- 1955年7月28日昭和30年南犬飼村が壬生町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。