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湖西市こさいし

1920年には6の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の湖西市になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の湖西市

静岡県の最も西にある市で、浜名湖の西岸から愛知県との県境まで広がります。北には湖西連峰が連なり、湖や海に面した斜面ではみかんが栽培されます。東海道の新居宿と白須賀宿があり、新居には江戸時代の関所が残ります。浜名湖では牡蠣の養殖などの漁業が行われます。自動車工場や電機工場が立地する工業の市でもあり、愛知県の豊橋市にも近い位置にあります。

今の湖西市の区域の人口は、2020年の国勢調査で57,885人です。今の区域で数えた1980年の54,252人とくらべると6.7%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.9%です。

57,885人人口(2020年)
+6.7%1980年からの増減
86.56km²面積(国土地理院)
669人/km²人口密度
27.9%65歳以上の割合
60,9941980199020052020
15歳未満 12.1%15〜64歳 60.1%65歳以上 27.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:自動車・電機などの工業と、みかん栽培や浜名湖の漁業が営まれています。

特産品・名産

  • みかん市内の斜面で栽培が盛ん
  • 牡蠣「プリ丸」新居で育てる浜名湖のブランド牡蠣

見どころ・祭り

  • 新居関所東海道の関所跡。国の特別史跡
  • 大知波峠廃寺跡国指定史跡の山寺の跡
  • 本興寺本堂が国の重要文化財
  • 豊田佐吉記念館豊田佐吉の業績を伝える。1988年開館
  • 白須賀宿東海道の宿場町

木クロマツ花クチナシ湖西市の木・花

湖西市のなりたち

湖西市(こさいし)は、静岡県西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。知波田村・入出村・新所村・吉津村・白須賀町・新居町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の湖西市になりました。

今の名前「湖西市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の知波田村が約19km²だったのに対し、今の湖西市は約85km²と、およそ4.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は浜名郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、浜名郡は2010年(平成22年)3月23日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧知波田村の区域には知波田駅(天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線)があります。旧新所村の区域には新所原駅(天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線)があります。旧新居町の区域には新居町駅(東海道本線)があります。

61920年の町村の数
2回合併・編入の回数
87km²今の面積
2010年いちばん新しい合併

「湖西市」という名前

「湖西」は、浜名湖の西にある土地であることを表した名と考えられます。この名は、1955年(昭和30年)に浜名郡の鷲津町・白須賀町・新所村・入出村・知波田村の5町村が合併して湖西町が発足したときに使われ始め、1972年(昭和47年)の市制施行で湖西市になりました。それまでの町村名には、鷲津・白須賀・新所のように、宿場や集落の名が使われていました。名づけの経緯を記した資料は確認できていません。

まちの成り立ち

湖西市の地域は、浜名湖の西岸から愛知県との県境にかけて広がります。江戸時代には新居と白須賀の二つの宿場が東海道にあり、新居には関所が置かれていました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、白須賀宿と境宿村が合わさって白須賀町が、敷知郡には新居町・吉津村・新所村・知波田村・入出村ができ、1896年には郡の統合でいずれも浜名郡に属しました。1929年(昭和4年)4月1日に吉津村が町制を施行して鷲津町と改称し、1955年(昭和30年)4月1日に鷲津町・白須賀町・新所村・入出村・知波田村が合併して湖西町ができました。旧鷲津町役場が本庁舎となっています。1972年(昭和47年)1月1日に市制を施行して湖西市となり、市章・市旗・市の歌・市の花・市の木もこのとき定められました。2010年(平成22年)3月23日には浜名郡の新居町を編入し、この日に浜名郡はなくなりました。湖西市としては、1955年の湖西町の発足以来55年ぶりの合併でした。市域は、鷲津・新所原の住宅地から、北の入出・知波田の田園、南の白須賀まで広がり、旧新居町の関所の町並みも市の一部になりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、浜名郡に白須賀町、敷知郡に新居町・吉津村・新所村・知波田村・入出村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年郡制の施行に向けて浜名郡・長上郡・敷知郡の大部分などの区域で改めて浜名郡が設けられ、今の市域の町村はすべて浜名郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1929年4月1日昭和4年浜名郡吉津村が町制を施行するとともに改称して鷲津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1955年4月1日昭和30年浜名郡の白須賀町・鷲津町・新所村・入出村・知波田村が合併して湖西町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1972年1月1日昭和47年浜名郡湖西町が市制を施行して湖西市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  6. 2010年3月23日平成22年浜名郡新居町が湖西市に編入され、浜名郡はなくなった。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

湖西町→湖西市1955〜今
新居町1889〜2010
知波田村1889〜1955同じ名前の駅:知波田駅
入出村1889〜1955
新所村1889〜1955
吉津村→鷲津町1889〜1955
白須賀町1889〜1955

参考にした資料